「これを買いに行った?」

「名前とな」

「え……大丈夫だったのかい?」

「ああ。名前曰く絶対にバレない方法で行ったからな」


不思議そうに首を傾げるリーマスにこれ以上言うつもりはない。
名前が色々と注文していた中にあったクッキーを口に放り込み噛み砕く。
リーマスは甘そうなケーキを一口食べながら難しい表情へと変化した。


「まあ、名前が一緒なら大丈夫か。でも絶対にバレない方法って、ポリジュース薬でも使ったの?」

「名前が作ると思うか?」

「作らないかな。学生時代の名前は魔法薬を真面目にやっていたと思うけど」

「今はそんな必要ないだろ。屋敷には殆ど俺と名前とクリーチャーだけなんだから」

「そうか。いざとなったら名前の城に行けば目につかないか」


リーマスは難しい顔をして様々な手段を挙げ始める。
それを聞き流しながら名前曰くあまり甘くないケーキを口に入れた。


「そういえば名前は?」

「買い物。チョコレート食べたいって言ってたな」

「買い物なら一緒に行けば良かったかな」

「一人で平気だろ」


名前の場合その買い物が国内だとは限らない。
それをリーマスが知っているか解らないから黙っておく。
それに一緒に行く気が名前になければついて行こうとしても無駄だろう。




掃除をしていると名前の呼ぶ声がした。
いつの間にか帰ってきたらしい。
厨房に入ると紅茶を淹れる準備をしていた。


「あら、リーマスは?」

「直ぐ来るんじゃないか?」

「そう。なら良いけど」


ポットを乗せたトレーをテーブルに置いた名前が何かを思い出したように手を打つ。
嫌な予感しかしない名前の様子を眺めてからカップに紅茶を注ぐ。
すると目の前に一冊の雑誌が差し出され、顔を上げると名前がニヤニヤしていた。
ザ・クィブラーと書かれたそれに思わず眉を顰めるが不意に目に入った自分の名前に驚く。


「アーサーに渡してって頼まれたのよ。元々はキングズリーからみたいだけど。貴方が歌う恋人だったなんて初めて知ったわ」


名前の言う歌う恋人が理解出来ず、該当ページを開き目を通す。
記事によるとどうやら俺の名前は本当はスタビィ・ボードマンという人物らしい。
いつの間にか来ていたリーマスが隣から記事を覗き込んで笑い始めた。


「君に蝋燭の灯りの下でロマンチックなディナーをする相手が居たなんて知らなかったよ」

「俺も初めて知ったな。バイクに乗ったのは幻だったのか」

「狡い。私はロマンチックなディナーなんて誘われた事ないわ」

「お前は悪魔だろ」

「悪魔だってロマンチックなディナーに憧れたりするわよ」


名前は膨れ面で運んできたケーキスタンドをテーブルに置く。
憧れると言われても今は外を歩けるような状況ではない。
そもそも人間の女相手にもそんなものに誘った事はないというのに。
狡い狡いと騒ぐ名前を見つつケーキスタンドから取ったサンドイッチをかじる。
相変わらず名前の作る料理は美味しいと思う。


「特赦されたら嬉しいけどな」

「それは君がスタビィだった場合だね」

「魔法省は相手にしないだろ。という訳でディナーは無理」


名前にそう伝えたけれど返事はなく、不機嫌そうにスコーンを食べている。
何か変な事を考えていなければ良いが、嫌な予感しかしない。
何事も起こらない事を願いつつサンドイッチをもう一つ取り、かじった。




数日後、部屋から部屋へ移動しながら名前を探す。
しかし何処にも見当たらず、最終的に名前の部屋へ来た。
しかし姿はなく開かれた窓から風が吹き込んでいるだけ。
この部屋にも居ないとなれば出掛けているんだろう。
という事は今この家にいるのは自分以外にはクリーチャーだけという事か。


溜息を吐いてベッドに腰掛ける。
普通のよりも柔らかいベッドは名前の城の物を思い出す。
普段名前はこのベッドを使っているんだろうか。
悪魔は睡眠を必要とするのか解らないが城にもベッドはあるから眠る時もあるんだろう。
そう結論付けて立とうとしたら何かに手が触れた。
持ち上げてみると一冊の本だったが作者の名前も本のタイトルも聞いた事がない。
適当なページを開いてみると電化製品の名前があったからマグルの物だろう。


「まあ、マグルの魂も狙うんだろうな」


一度閉じた本を開き読み始めたこの本はどうやら恋愛小説らしい。
悪魔でもこんな本を好んで読むのだろうか。
名前ならありそうだな、と一人納得してページを捲る。
名前以外の悪魔なんて会った事がないから比較材料はないけれど。
案外悪魔は皆ロマンチストだったりして。




体が揺れて目を開けると知らない景色だった。
レースで覆われた視界を見て名前の部屋だと思い出す。
あの恋愛小説を読みながら寝てしまったらしい。
欠伸をしながら首を回すと窓際に座った名前が見えた。
手には寝る前まで読んでいたあの恋愛小説。
相変わらず外見だけは綺麗だと改めて思う。


「おはよう」

「ああ。帰ってたのか」

「ええ。ちょっとお仕事をね」

「お仕事、ね」


思い浮かんだダンブルドアの顔を振り払いながら起き上がる。
名前の茶色の瞳はまだ本に向けられたまま。
テーブルに置いてあったピッチャーからグラスに水を注いで一気に飲み干す。


「悪魔もそんな本読むんだな」

「意外?」


クスリと笑った名前が本を閉じるとそれは勝手に本棚へ戻っていく。
名前の言葉に素直に頷いて再びグラスに水を注いだ。


「あの本はね、愚かな女のお話なの」

「愚か?」

「そう。好きな人に相手にされていないのを知っていながらも尽くして最後は置いていかれてしまう愚かな女のお話」


ふぅん、と返事をして水を飲み干した。
名前を探していた事を思い出してテーブルにラッピングされた箱を置く。
名前はそれを見て瞬きをして、視線だけで何かと問いかけてくる。
茶色の瞳から視線を外して頭の中で言葉を探す。
こんな事、目を見てだなんて気恥ずかしくて言えそうにない。


「ロマンチックなディナーは無理。だから代わりにそれやるよ」

「私に?」

「他に誰が居るんだよ」

「ただの確認よ。驚いちゃって。開けて良い?」


頷いてみせると名前は早速リボンを解いていく。
悪魔の好みなんて一切知らない。
正直なところ、名前が気に入らなくても仕方がないと思う。
どんな反応をするのか緊張しながら包装紙を綺麗に開かれていくのを見る。


「可愛い。ブローチね」


名前は外出用のマントを羽織ると胸元にそのブローチを付けた。
そして鏡の前まで行き、位置を確認し始める。
名前が動く度に胸元の黒猫の形をしたブローチが輝く。


「嬉しい。有難うシリウス!」


気に入ったならば良かった、と満面の笑みを浮かべた名前を見て思う。




(20170628)
51
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -