子供達がホグワーツへ行ってしまうと屋敷は驚く程静かになった。
モリーは家に帰り、今この屋敷の家事は名前がやっている。
掃除は勿論洗濯や料理まで名前ならば一瞬で出来るだろう。
しかし、名前は自らの手で全てをこなしていて先程も楽しそうに何かを作っていた。
生活自体はそう変わらないのに屋敷が静かなだけで何かが違うような気になる。
結局この屋敷の外には出られない限り何も変わらない。


「シリウス、ティータイムにしましょう」

「……気分じゃない」

「あら、ご機嫌斜めね。せっかくスコーンが焼き立てなのに」


名前は明らかにしょんぼりしてスコーンを見つめている。
チラチラと此方を見ながらスコーンをかじり始めた。
いつもならしつこく食い下がって来るというのに。
大人しい名前が不気味で思わず少しならなんて言ってしまった。


「ふふ、シリウスはやっぱり優しいわ」

「お前、わざとか?」

「押して駄目なら引いてみろって言うじゃない」


紅茶とスコーンが目の前に置かれる。
スコーンにクロテッドクリームを塗る名前は機嫌が良さそうだ。
遠くで扉が開く音がして、足音が近付いてくる。
今度は近くで扉が開く音がしてリーマスが入ってきた。


「やあ。ちょうどティータイムかな?」

「運が良いわリーマス。スコーンが焼き上がったところなの」


名前が新しくカップを取り出して紅茶を注ぎ始める。
そしてリーマスはスコーンにジャムを塗り始めた。
美味しそうだと会話をする二人を観察しながらスコーンをかじる。
二人の会話に出てくるのは名前がよく口にしている菓子屋の名前ばかりだ。
新商品がどうだとか通常メニューがどうだとか全く解らない。


「買いに行ってこようかしら。シリウス、一緒に行かない?」

「名前、シリウスはマグルの世界でも指名手配されてるんだよ」

「そうよねぇ……全く、魔法大臣も余計な事してくれたわ」

「それに、俺はこの屋敷を離れられないんだ」


その言葉を聞いた名前がふふ、と笑った。
また何か企んでいるのかと思ったがリーマスは気にしていない。
気のせいだったのか、リーマスには見せなかったのか。
後者だとしたら嫌な予感しかしない。




翌日、リーマスが任務に出掛けていくのを見送ると名前が突然手を叩いた。
笑顔で此方を見る名前を見返すと途端に周囲の景色が変わる。
広い食堂の壁に学生時代の自分の写真が飾られているのを見つけた。
何度か来た事のある名前の城にある食堂。


「さて、まずはその見た目を何とかしなくちゃね」

「は?」

「うーん……髪と目の色を変えるのは嫌だなぁ。かと言って顔のバランスを変えるのもなぁ」

「おい、何する気だ」

「やっぱり、これよね」


パチンと名前が指を鳴らすとゆっくりと視界が低くなっていく。
自分より身長の低かった筈の名前を見上げて自分が縮んだ事を知る。
着ていた服はマグルの子供服になっていた。
溜息を吐いた瞬間、名前に抱き付かれバランスを崩す。


「おまっ、何するんだ!」

「可愛いっ!」

「……は?」

「ああ、子供時代のシリウスだわ。このまま閉じ込めておきたいくらいよ」

「変な事を言うな。声まで戻しやがって」

「だって、その形で低い声なんて似合わないじゃない」


そりゃまあそうだけど、と思わず納得してしまう。
久しぶりに聞く自分の声に懐かしさを覚えながら溜息を吐いた。
こんな姿、リーマスやハリー達には見せられない。
リーマスなら昔を知っているから良いのかもしれないなんて一瞬思った。
しかし成長してから縮んだ姿を見られるのはまた話が違う。
やはり誰にも見せられない。


「この姿なら誰も貴方をシリウス・ブラックなんて思わないでしょ。だって、シリウス・ブラックは大人じゃないんだもの」

「そうだな。で、何処に行くんだよ」

「昨日リーマスと話してたケーキ屋。さあ、行くわよ」


手を握られて、名前が指を鳴らした。
城からロンドンの街にあっという間に移動する。
姿現し独特のあの感覚がないのが良いところかもしれない。
手を引かれるままに歩きながら辺りを観察してみる。
堂々と人間の姿で街中を歩くなんて久しぶりで、少しだけ嬉しい。
隣を歩いているのが悪魔であろうと確かに喜びを感じている。


暫く歩き、目指していたらしいケーキ屋に入った。
名前があれこれと注文している隣で窓の外を見る。
次は本当の姿で街を歩けたら、どんなに良いだろう。
いつか、そんな日が来るんだろうか。




(20161210)
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