「シリウス、何してるの?」


図書館の片隅で人除けの魔法を掛けているのにも関わらず聞こえてきた声。
本から顔を上げるとニコニコ微笑んで俺を見上げる女が居た。


「何で入れるんだよ」

「人除けの魔法掛けてんだから俺を見つけるなんて無理な筈だ」

「おい」

「ちょっと真似しただけじゃない」


見た目には合わない俺の声で喋った女に俺は眉を寄せる。
そのまま俺の声のまま喋るから、とても気持ち悪い。
睨み付けてもさらりとそれを交わした女は本を覗き込む。


「あら、シリウス聖書なんて読むの?」

「お前はこれが嫌いだろ?」

「さあ、どうかしらねぇ。良い物では無いけど」


そう言って女は俺の手から聖書を奪い取った。
平然と文字を追う瞳が今はうっすら赤くなっている。
それを観察していたらチラリと赤茶色の瞳が此方を見た。
けれどそれだけで何も言わずに再び文字を追う。
普通に読んでいるけれど、この女は平気なのだろうか。
ふと思い出して俺はポケットから出した物を女の手を取って握らせる。


「なぁに?」

「やる」

「シリウスがくれるなんて嬉しいわ。何かしら」


そう言って女は掌を開いて一瞬驚いたように目を見開く。
これも苦手だろうとこっそり用意しておいた十字架。
本性を現したりするだろうかと見ていると女はにっこりと微笑んだ。
本性を現すどころか有難うと嬉しそうに笑う。


「お前、平気なのか?」

「平気よ。小物になら効くでしょうね」

「…小物」

「それに、これ木製じゃない。私をどうにかしたいなら銀製じゃなきゃ」


そう言って目の前で揺らされる木製の十字架。
思わず頭を抱えそうになったのを何とか抑える。
銀製の十字架なんて、どうやって手に入れるのだろう。


「シリウス、貴方これ読んだ?」

「最初だけな」

「…そう」


ポツリ、と呟いて一瞬だけ目を細めた。
不思議に思ったけれど、話すつもりは無いと言うかのように聖書が閉じられる。
うっすらと赤くなっていた瞳も今はもう完全に茶色へと戻っていた。
女が聖書の表紙を一度撫でるとそれは宙を移動して本棚へと戻っていく。
ビュンビュンと目の前を本が飛んでいるのに誰もそれに気付かない。
それを見ていたせいか、いつの間にか隣に来ていた女に気付かなかった。
グイッと腕を引っ張られたと思ったら頬に手が添えられる。


「私の事信じてくれたの?」

「は?」

「本当に悪魔?って疑ってたじゃない」

「別にお前を信じた訳じゃねえ」


そう、別にこの女、悪魔を信じた訳では無い。
けれど人間だと言われて簡単に納得出来ないのだ。
だから、今は悪魔だと結論付けている。
それも無条件で納得している訳では無いけれど。


「私嘘は吐かないわよ」

「どうだか」

「本当よ。悪魔は嘘を吐かないの」


一歩足を踏み出して近付いた分同じ様に下がる。
腕を掴んでいた手が肩に乗せられた。
そしてまた同じ様に一歩近付いて一歩下がって。
それを繰り返していると背中が壁にぶつかった。
ニコッと微笑んで唇は赤く、触れてしまいたくなる。
けれど、悪魔のこの女には触れる訳にはいかない。
両腕で肩を押して距離を取ろうと力を入れる。
かなり力を入れたにも関わらず、ビクともしない。
何となく予想出来ていた事態に溜息を吐きたくなる。


「おい、辞めろ」

「…シリウス、貴方女の子と遊ぶのも程々にしなさい」

「は?」


小声で呟いたと思ったらあっさりと離れていく。
意味が解らない、と背中を向けた女を見ていると数人の女が近寄って来た。
見た事のある顔ばかりで、舌打ちしたくなるのを何とか堪える。
きっとあの悪魔は解っていて目眩ましを解いたに違いない。
遠くに離れた場所の悪魔が振り返ってニヤリと笑ったのが見えた。




何とか女のグループを振り切って図書館から離れる。
大きく溜息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。


「幸せ逃げるわよ」

「…お前が居る時点で幸せなんか逃げてんだよ」

「酷いわねぇ」


クスクス笑いながら隣に座る悪魔を睨む。
気にも留めていないように足を組んで俺を見る。


「お前は何が目的なんだよ」

「名前。私の名前位そろそろ覚えてよ」

「…名前」


満足そうに嬉しそうに笑った名前の手が伸びてきた。
また同じ様な事になるのはごめんだと体を逸らして避ける。
つまんないと呟いた名前をまた睨む。


「答えろよ」

「目的なんて無いわよ。ただの暇潰し」

「俺じゃなくても良いだろ」

「好みなの」


にっこり笑った名前に何がと問うと顔がと返ってくる。
無邪気に笑う顔はまるで悪魔には見えない。
外見はグリフィンドールの生徒そのもの。
伸びてきた腕を避けずにいたらそのまま頬に触れた。
顔の輪郭に沿って指が動いていく。


「別に悪さはしないわ。そういう約束だもの」

「約束?」

「あ、ピーターだわ」

「おい、名前」

「またね」


立ち上がった名前が不意に屈んで、頬に唇が触れた。
ニコッと笑ってくるりと背中を向けてピーターの元へ走っていく。
あんなに気を付けていたのに、簡単にキスされてしまった。
名前ならその気になれば口にだって簡単にキス出来るだろう。


「変な奴」


呟いたのが聞こえたのか、偶然か、名前が振り向いて笑った。




(20130720)
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