長い間家系図を見つめていた名前はおやすみとだけ言って姿を消した。
あの時間、父親との日々でも思い出していたんだろうか。
翌朝、キッチンにはモリーの姿しかなく、朝食が終わっても名前は現れなかった。
モリー曰く調子が悪いらしいが、メモが残されていたようでそれが事実かどうかは解らない。


「シリウス、これを名前に届けてくれないかしら?」


バックビークに餌をやりに行こうとした時、モリーに声を掛けられた。
名前の朝食を乗せたトレイを持ち階段を上がる。
はたして悪魔に体調不良なんて有り得るのか。
名前は幾らワインを飲んでも平然としているし本当ならば食べなくても平気だと言っていた。
どちらかと言えば気が向かないという理由が一番当てはまるような気がする。


人間では俺だけにしか見えないらしい扉をノックして返事を待つ。
しかし返事はなく独りでに扉が開き、部屋の中が見えるようになった。
途端に漂ってくる濃厚なアルコールの匂いに思わず顔を顰める。
名前が寝転がったベッドの周りに転がる何本ものワインの空き瓶。


「お前何してるんだ」

「扉、ちゃんと閉めてよ」


言われた通り扉を閉め、部屋を横切って窓を開けた。
外気が入り、アルコールの匂いが少しずつ消えていく。
足元にあった瓶を拾い銘柄を見てみるとやはり高級な物だ。
一体この高級ワインをどのように飲んだのだろう。


「これだけ飲んだ割には全然酔ってないように見えるな」

「残念ながら酔えないのよ。美味しいんだけどそこが残念よね」

「……飯、モリーからだ」


身体を起こした名前の膝にトレイを載せる。
モリーお手製のサンドイッチは昼食にと作っていたものだ。
チラリと茶色の瞳がそれを見て、一切れ手に取る。
もう片方の手にはワインが入ったグラス。


「モリーって料理上手よね。ウィーズリー家の子は幸せだわ」


そう言いながら乗っていたサンドイッチを食べきるとまたワインを飲もうとする。
手を掴んでそれを止めると名前の茶色の瞳が此方を向いた。
ワイングラスを奪い、代わりに水の入ったゴブレットを渡す。


「私にしたら、ワインも水も同じようなものなんだけど」

「良いから飲め」

「はいはい」


名前が水を飲んでいる間に空き瓶を集め、消失させる。
窓を開けていたおかげで部屋の空気も大分入れ替わった。
何故か中身の減らないゴブレットを傾けている名前の額に手を当てる。
特に熱いという事もなくいつも通りの体温だと思う。
悪魔の平熱が何度だとか発熱するのかとかは知らないけれど。


「体調悪いんじゃないのか」

「……私体調が悪いなんて言ってないわよ?」

「は?」

「調子が悪いとは言ったけど。その気にならなかっただけよ」

「……そうかよ」


体調が悪い訳ではないならばもう放っておこう。
そう思い扉へと進み始めた瞬間、目の前に名前が現れた。
首に白い手が回され顔を近付けてくる。
両手で頭を掴んで動きを止めると明らかな不満が顔に浮かんだ。


「ちょっと、離してよ」

「離したらキスするだろ」

「良いじゃない、キスくらい」

「良くない」


不満そうにしながらも体を離すと直ぐに騎士団仕様の姿になる。
手鏡を取り出して自分の姿を確認する名前に手を伸ばす。
触れた頬は特に熱い訳ではなく、やはり熱は無いようだった。


「その気になったのか?」

「シリウスの顔見たら元気になっちゃった」

「……そうかよ」


溜息を吐いている間に名前は手鏡をしまって扉を開ける。
早くと急かされては後に続くしかなく、廊下に出ると扉は閉められた。
手にしたバックビークの餌を思い出して下に向かう名前と別れる。
階段を上って暫くするとモリーの心配する声が聞こえてきた。
真相を知ったらモリーは怒るだろうか、それとも良かったと安心するだろうか。




掃除をする所は沢山あって、今日もモリーが指揮を取っている。
ハリーを始めとする子供達は手を動かしながらもうんざりした顔。
掃除をする事には似たような感情を抱いているだけに思わず口角が上がってしまう。


「ねえ、それ捨てるの?」

「捨てる。やらないからな」


名前が指差したブラック家の家紋付きのゴブレットを袋に放り込む。
ふぅんと気のないような返事をしながらも名前の目はゴブレットを見ている。
クリーチャーのようだと思っていたら名前の目がチラリと此方を見た。
考えている事が解るのか、とこっそり溜息を吐いてまた一つゴブレットを入れる。


「オリオンが、使ってたのよ」

「え?」

「それ、オリオンが使ってたの。懐かしいと思って。まあ、それだけ」


言うだけ言って名前は離れていった。
どうにも家系図を見てから名前の様子がおかしい。
父親とはそういう仲じゃないと言ったが実は名前は密かに想っていたのだろうか。
しかしそもそも悪魔が人間に対してそういう感情を抱くのかどうか解らない。
悪魔にとって人間は餌と同等であり玩具でしかないのではないだろうか。
しかし天使と人間の子供が居たのだから悪魔と人間の子供も居たかもしれない。
ではそこに感情は絡んでいるのだろうか。


「解んねえな」

「何が?」

「名前の事……ニヤニヤするな」

「してないさ。仲良しだなと思っただけだよ」


どう見てもニヤニヤしているリーマスを睨む。
しかし、軽く肩を竦めただけで名前の方へと歩いていった。




(20160522)
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