ハリーからの手紙を読んでいたら静かだったヘドウィグが突然嘴をカチカチ言わせ始めた。
何事だ、と顔を上げた先で名前がクッキーを片手にヘドウィグと睨み合っている。
クルックシャンクスとは上手くいっていたがヘドウィグとは上手くいかないらしい。
「正体バレてんじゃねえか?」
「あら、それはクルックシャンクスにだって同じだわ。この子は初めて会うからよ」
「ふーん」
諦めずにジリジリ近付いていくと耐えられなくなったのかヘドウィグは飛んでいってしまった。
もしかしたら鼠でも探しに行ったのかもしれない。
ムッとして名前は持っていたクッキーをかじったが梟用じゃなかったのだろうか。
声には出さず思うだけにして手紙に視線を戻す。
ハリーの額の傷が痛んだというのは良い事では無い。
「はい、羊皮紙と羽根ペン。返事、書くでしょう?」
「ああ」
いつの間にか準備していたテーブルに置かれた羽根ペンを握った。
向かい側では名前が紅茶をカップに注いでいる。
紅茶と一緒に用意されたクッキーには見覚えがあった。
マグルの商品で、リリーが好んで買っていた物。
最後に食べたのはいつだったか思い出せそうに無い。
それだけ時間が経ってしまった事に少し感傷的な気持ちになる。
突然会えなくなるなんて思っていなかったとは言わない。
あんな時代だから、もしもの覚悟はしていた。
しかし、心の何処かでジェームズとリリーは大丈夫だと思っていたのかもしれない。
「このクッキー、今度ハリーに送ってあげたら?」
「俺はマグルの世界でも犯罪者なんだぞ」
「だから買いに行けない?」
「面倒な事になるからな。箒みたいに猫に頼む訳にもいかないだろ」
「私に頼めば良いじゃない。キス一回で良いわよ」
どう?と首を傾げる名前を一瞥して手紙を書く作業に戻る。
手紙を書き終えるとちょうどヘドウィグが戻ってきた。
相変わらず名前を警戒しているのか、近寄ろうとはしない。
手紙を括り付けると直ぐに飛び去って行った。
「ハリーはワールドカップに行くらしい」
「ああ、そんな話を聞いたような」
「誰に聞いた?」
「誰だったかしら?」
そう言いながら肩を竦めた名前はカップを傾ける。
答える気が無いらしいが何となく予想が付く。
出された紅茶を飲み干して移動の準備を始める。
準備と言ったってそんなに荷物がある訳ではない。
どれくらいの旅になるか考えながらヒッポグリフに跨る。
「お出掛け?」
「まあな」
「じゃあ、また向こうでね」
そう言って手を振ると名前は姿を消した。
どうせ何処に行ったって何処にでも現れる。
ダンブルドアに言われた洞窟で過ごして何日か経った今日。
新聞を拾いに行こうかと思った瞬間、周囲の景色が変わった。
見覚えのある食堂に用意された食器と新聞。
いつか来るとは思っていたがまさか招かれるとは思わなかった。
招かれると言ってもかなり一方的な招かれ方だが。
「やだシリウス、まずはシャワー浴びて来て」
現れたと思えば第一声がそれで言葉を失う。
確かにシャワーなんて何日も浴びていない。
名前に体を押され半ば無理矢理シャワールームに押し込まれた。
扉が閉まる音を聞いてから仕方無く服を脱ぎ、蛇口を捻る。
用意されていたローブを着て戻るとちょうど名前が料理を運んでいた。
良い香りがして改めて空腹感を覚える。
座るのと同時にスプーンを手に取りスープを掬う。
「ゆっくり食べてね」
「……子供じゃねえよ」
「あら、私から見たら子供よ」
名前は一体何歳なんだ、と思いながらスープを飲み干す。
すかさず名前がキッチンへ引っ込み、空の皿の代わりにシチューを置いた。
大きく切られた人参を咀嚼しながらふと新聞の見出しが目に入る。
クィディッチワールドカップで闇の印が現れたという見出しだ。
名前を呼ぶと嬉しそうな顔をして近寄ってくる。
「お前はこれをどう思う?」
「……なーんだ。愛でも囁いてくれるのかと思った」
「囁くだけなら囁いてやっても良い」
「気持ちのこもってない愛の言葉なんて要らないわ」
つまらなさそうに指に髪を巻きつける名前に新聞を差し出す。
茶色の瞳がチラリと見出しを見たと思ったら突然顔を顰めた。
珍しい反応だと思いながら再び同じ言葉を投げかける。
「どうって言われても、ちょっとハシャぎ過ぎちゃったんじゃない?」
「そういう事を聞きたいんじゃない」
「印は本物だけど、出したのは死喰い人よ」
「誰かは解るか?」
「さあ?その場に居た訳じゃないし」
肩を竦めてそう答えると名前はキッチンへと引っ込んだ。
そういえば、名前はヴォルデモートをどう思っているのだろう。
今のところ此方側のような言動ではあるが。
例えば向こう側だとしたら厄介じゃないかと思う。
ダンブルドアと繋がっているような節はあるが。
考えたところで結局は本人に聞いてみないと解らない。
空になった皿を少し奥にやって新聞を広げる。
大体がリータ・スキーターの記事だ。
随分と魔法省を陥れるような記事を書いている。
少しうんざりしてきた頃、名前が戻ってきた。
「そんな顔してどうしたの?」
「別に、大した事じゃない」
「ああ、リータ・スキーターね」
そう言いながらテーブルに置いたケーキを切り皿に乗せる。
それを俺の前に置き珈琲もケーキの横に置く。
甘い香りがして思わず眉を寄せると名前が肩を竦めた。
俺の好みは知っているしそんなに甘くはないだろう、と一口食べてみる。
甘さは控え目で素直に美味しいとは思えるが量は食べられないだろう。
向かい側ではリナが同じ様に皿に乗ったケーキを口に運んでいる。
「リータ・スキーター知ってるのか?」
「ええ。でも美味しくはなさそうだし、興味は惹かれないわね」
美味しくはなさそうという言葉の主語は一体何になるのか。
ケーキと珈琲を交互に飲み込みながら新聞を読む。
最後の新聞を読み終えて珈琲を飲み干す。
すると名前も最後の一口を口に入れたところだった。
「俺はもう戻る。新聞と飯助かった」
「収穫はあったのかしら?」
「さあな。今は何とも言えねえな」
「そう……帰り道はそこの扉よ。またね」
立ち上がり、言われた扉の前まで進み振り向く。
名前がにっこり笑いながら手をひらひらと振っている。
次会うのはいつになるのか解らないがきっと次も同じように笑っているんだろう。
じゃあな、と声を掛けて扉を開けるとそこは元居た洞窟だった。
(20150602)
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