悪魔とは、天に反逆した天使、つまりは堕天使。
人間を誘惑し、契約をしてその人間の魂を奪う。


「悪魔の瞳は赤」


そう呟いて開いていた分厚い本を閉じた。
そのまま本棚に戻すとその棚を離れる。
悪魔だと名乗ったあの女の瞳は赤と茶色。
どちらが本当の色か解らないけれど、確かに赤く光っていた。
あの悪魔も元々は天使だったのだろうか。


図書館を出てふらふら歩いていたら角を曲がってきたリーマスと出会った。
まだ顔色は良くないけれど、もう医務室から出られるらしい。
声を掛けると立ち止まり俺が横に並ぶのを待って一緒に歩き出す。


「珍しいね、一人?」

「ああ、ちょっと図書館に用事があってな」

「図書館?益々珍しいね明日は雪かな」

「俺だって図書館位行く」


冗談だよ、と笑うリーマスは元気そうで安心した。
この調子ならば顔色も明日には治るだろう。
ホッとしたのも束の間、あいつの言葉を思い出す。
あいつはリーマスが人狼だという事を知っている。
興味は無いと言ってはいたけれど、本当だろうか。


「あら、シリウス?」


名前を呼ぶこの声は、間違い無く知っている。
向かい側から歩いてくるグリフィンドール生。
黒髪に今は茶色の瞳で顔立ちも同じ五年生に見える。


「やあ名前」

「あらリーマス。体調を崩していたんでしょう?もう大丈夫なの?」

「すっかり。心配掛けてごめんね」

「私よりシリウスの方が心配してたわ」


クスクス笑う女に、俺を振り返るリーマス。
何を、と女を見れば先程までとは違う笑みを浮かべた。
ニヤリ、と唇の端を吊り上げてリーマスには見えないように。
そのまま立てた人差し指を唇へと押し当てる。


「僕達談話室に戻るけど、名前も一緒に行く?」

「ええ、そうするわ」


そうして歩き出した二人は仲が良さそうに笑い合う。
リーマスの置いてくよという声にハッとして慌てて追い掛ける。


談話室に戻ると女は先程と同じ様に皆と普通に挨拶を交わす。
そしてエバンズと女子寮への階段を登って行った。
ホグワーツの生徒ではないから部屋は無い筈なのに。


「シリウス、名前と喧嘩でもしたのかい?」


男子寮へと続く階段を登る足が思わず止まった。
それに少し遅れて気が付いたリーマスが首を傾げる。


「リーマス、いつあいつと知り合った?」

「何言ってるんだいシリウス。名前は一年生の時からずっと一緒に居るじゃないか」


怪しむようにリーマスの目が細められた。
嘘を吐いているのか、俺を騙しているのか。
一年生の時に名前なんて生徒は居なかった。
それどころか存在を知ったのはつい最近。
けれどリーマスの顔は嘘を吐いている顔じゃない。
どういう事だと頭を働かせていたら扉の開く音がした。


「あ、リーマス!もう良いのかい?」

「ああ、うん。明日から授業に出るよ」

「なら良かった。早くおいでよ!」


行くよ、と急かされるリーマスの声に並んで部屋へ入る。
ピーターが必死でレポートを書いている背後に悪戯道具が散らばっていた。
それを見てリーマスの眉が一瞬だけ上がる。
ジェームズは気にしないように向かい側を指差す。


「ほら、早く座りなよ」


差された場所に座り、悪戯道具を一つ手に取る。
カチャカチャと弄ると黒い煙が出た。
こんな道具では無かった筈なのに。
そう思っているとジェームズがニヤニヤ笑っていた。


「ジェームズ、名前の事知ってるか?」

「勿論だよ。とっても可愛いよね。リリー程じゃないけどね!リリーの赤毛の綺麗さには適わないよ!」

「ああ…うん」

「名前がどうかしたのかい?君仲良いじゃないか」


手から零れ落ちた悪戯道具がガチャンと音を立てる。
モクモクと煙が立ち上ったのを見てジェームズが慌てだす。
エバネスコ、と唱えると道具がその場から消えた。
それよりも、俺とあの女が仲が良いという事の方が気になる。
仲が良いなんてそんな事が有る訳が無い。


「俺と仲が良いって、それ本当か?」

「シリウス、僕をからかってるのかい?それとも調子が悪いのかい?」

「さっきも変な事言ってたよね。調子悪いと記憶喪失になるの?」

「そんな事ねえよ。ピーター!お前は?名前って知ってるか?」

「し、知ってるよ。よく勉強教えてくれるから」


ビクビクとしながらも断言するピーター。
もう何が何だか解らなくなってきた。
目眩までしそうで、もしかしたら本当に調子が悪いのかもしれない。
くらくらしてきた頭が気持ち悪くて三人に断って先にベッドへと倒れ込む。
カーテンを閉めるともうそこは俺一人だけ。


名前という生徒が本当に昔から居ただろうか。
皆が正しくて、俺の記憶だけがおかしいのかもしれない。
じゃあ、どうしてあんな悪魔の事を調べたのだろう。
あの女の、名前の瞳が赤く光っていたのも、悪魔だとこのベッドで告げたのは夢だったのだろうか。
でも、あの女の首を絞めた感覚をまだ手が覚えている。
衝動的とは言え、首を絞めるなんて我ながら情けない。
けれど、あの女はかなりの力を加えていた筈なのに平然としていた。
それはやはり人間では有り得なくて、女の言葉通り悪魔という事になるのだろう。


「悪魔」


ポツリと呟くと本に載っていた悪魔の絵が浮かぶ。
尖った耳に頭には角、蝙蝠のような翼、尻尾を持ち、肌は黒くて瞳は赤。
しかし、あの女には角も翼も尻尾も無く、耳だって肌だって俺と変わらない。
寧ろ肌に至っては白くて触り心地は最高だと思わせる程。


カーテンを引く音が聞こえて隙間から様子を窺うとそこにはジェームズだけが残っていた。
相変わらずカチャカチャと悪戯道具を弄っている。


「なあ、悪魔って信じるか?」

「悪魔って、マグルの本に載ってるあれ?」

「ああ。角が生えてて蝙蝠みたいな翼があるやつ」

「あれね。さあ、どうなんだろうね」


手元の道具を見つめていたジェームズが顔を上げた。
クィディッチの時以外では偶にしか見せない真剣な顔。
思案しているように動いた後、榛色の瞳が俺を見る。


「やっぱり、信じねえよな」

「さあ?でもシリウス、君が言うんなら居るかもしれないね」


それだけ言ってジェームズの榛色の瞳はまた悪戯道具へと戻った。
ジェームズはこういう奴だったと思い出して少しだけ心が軽くなったのが解る。
一人でああだこうだと悩んでいるのは性に合わない。




(20130711)
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