「おい、次」

「はいはい。ちょっと待ってねー」


呑気な声は名前、急かす声はシリウス。
長机の隅に向かい合って座ったシリウスと私の前には料理が並ぶ。
尤も、シリウスの皿は既に空になっている物が多いのだけど。
サーモンのパイ包み焼きをフォークで運びながら親友の姿を観察していると名前がリゾットを手に現れた。


「はい、お待たせ」

「ん」


直ぐにリゾットに手を伸ばすシリウスを見て名前が微笑む。
グラスにワインを注ぐと空のお皿を手に再び出て行った。
姿が見えないのを確認してリゾットを頬張る親友の名前を呼ぶ。


「ん?」

「今日はどうして呼ばれたか解るかい?」


これからどうしようか、と家で一人考えていた所に名前が現れた。
いつものようにお菓子を持ってきたのかと思ったけれど名前は手ぶら。
一緒に来てくれる?と行き先も告げず伸びてきた白い手に掴まれた瞬間。
初めて見る広い部屋のテーブルの前に座っていた。
向かい側には叫びの屋敷で会ったきりの親友、シリウス・ブラック。
そしてスープとサラダが目の前に置かれ、今に至る。


「さあな。あいつのする事なんて気紛れだからな」

「気紛れ……確かにね」

「聞いても素直に答えるか解らないからな」


気にするだけ無駄だと言うようにシリウスはリゾットを口に運ぶ。
数日前の新聞にシリウス・ブラック目撃の記事が載っていた。
そのシリウスがこんな所で食事をしているとは思わないだろう。
今頃必死で探している魔法使いとマグルを思うと少しだけ気の毒だ。


「私だって素直に答える事はあるわよ」

「どうだか」

「シリウスったら酷い。デザートはリーマスにだけあげるわ」

「フォンダンショコラだね」

「さすがね、リーマス」


目の前に置かれたフォンダンショコラをフォークで割る。
とろりとしたチョコレートが流れ出る光景はとても魅力的だ。
一口頬張れば舌の上に甘さが広がり幸せを感じる。
自信作なんだとシリウスに話すのが耳に入ってきて名前の手作りだと知った。
という事は今まで出てきた料理も名前の手作りなのだろう。


「大体、イギリス人は味への関心が無さすぎなのよ。せっかくなら美味しい方が良いじゃない」

「そうか?腹が膨れりゃ良い。美味い物も好きだけどな」

「腹が膨れりゃ良いだなんて、勿体無いわ」


何故そんな話題になっているのかは解らないが、名前はいたく不服そうだ。
確かに今食べた料理はどれもとても美味しくて普段では食べられないだろう。
名前に頼めばいつでも食べられるかもしれないけれど。
しかし、悪魔に日々の食事の世話を頼むというのも妙な話だ。


「そういえば、シリウスはこの一年間食事はどうしていたんだい?全く食べていなかった訳じゃ無いんだろう?」

「名前が用意したのを偶に食ってた。それ以外はあんまり食ってなかったな」


妙な話だと思った事が現実に起きていたらしい。
そして、何となく解ってはいた事だけれどやはり名前はシリウスと会っていた。
一緒に城内を見回った時もシリウスの居場所を知っていたのだろう。
勿論シリウスの本当の狙いも最初から知っていたに違いない。
だからと言って何故それを事前に話さなかったのかと問うつもりは無かった。


「そんな事より、今日は何の用だ」

「あら、何も無いわよ。ただのお食事会」

「はぁ?」

「積もる話もあるかしら、と思って。リーマス、フォンダンショコラもう一ついかが?」

「貰おうかな」


待っててねと言い残してキッチンと思われる部屋へ姿を消す。
それを納得いかない表情で眺めていたシリウスが徐にワインを飲み干した。
積もる話、有るような無いような、どちらとも言えない。
聞きたかった事は叫びの屋敷で聞けたと思う。
お互いを疑っていた気まずさだって今は無い。


「リーマスは、いつあいつの正体知ったんだ?」

「卒業して暫くしてから、かな。正確には名前がホグワーツに居たあの年だけど」

「ああ、そうか」


あの年の事を思い出したのかシリウスが一つ頷く。
そしてグラスをワインで満たすと半分を一気に流し込んだ。


「昔、名前は君のガールフレンドになりたいんだと思っていたよ」

「は?あいつは俺と同じブラックだっただろ?」

「でも血は繋がっていないじゃないか」

「いや、そもそも悪魔だから有り得ないだろ」

「シリウスはそれを知っていても私達は知らなかったからね。ジェームズなんてどうやって二人きりにしようかってよく計画していたよ」


大体の計画は名前が見つからず成功する事は無く、悔しがるジェームズの愚痴を何度も聞いた覚えがある。
名前がシリウスとカップルになればリリーとカップルになれるのに、とよく零していた。
実際は名前とシリウスの間柄なんて全く関係無くリリーと結婚するまでに至ったのだけれど。
幸せそうな二人の結婚式の様子は今でも思い出す事が出来る。


「ジェームズったらそんな素敵な計画してたのね」

「何処が素敵なんだよ」

「私とシリウスを二人きりにしよう、なんてとっても素敵じゃない」


うっとりと話す名前を視界に入れずワインを飲むシリウス。
昔もこうやって話していたのを覚えている。
しかし昔とは明らかに雰囲気が違う。
これは時間によるものか、それとも昔から二人の時はこんな感じだったのか。
今名前が悪魔の顔だという事も関係しているのかもしれない。
ただ、昔と変わらないのは名前がとても楽しそうに見える事だ。
そして、二人のやり取りを見るのが楽しいと思う自分が居る。


「あ、そうだわ。クッキーも焼いたの。今持ってくるわね」


にっこり笑うと名前はシリウスの頬にキスをしてキッチンへ消えた。
シリウスは慣れているのか一瞬眉を寄せたけれど直ぐにまたワインを飲み始める。
そんな二人のやり取りが例え人間と悪魔だとしても素直に羨ましいと思った。




(20150318)
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