目が覚めたら知らない部屋に居た。
いや、知らないというのは可笑しいだろう。
昔レポートを提出しに来た事がある部屋だ。
ぼんやりする頭で起こった事を一つ一つ思い出していく。
リーマスと和解した事、ハリーと話をした事、ハリーが一緒に暮らしたいと言ってくれた事、そして変身したリーマスに大勢のディメンター。
思い出しただけなのに寒気がした。


ぐるりと部屋を見渡して溜息を吐く。
このままアズカバンに送り返されるか。
ディメンターに引き渡される可能性の方が高いかもしれない。
一瞬、本当にハリーと暮らせるのだと喜んだのだ。
しかし、ピーターは逃げてしまったし、実現は難しいだろう。


「名前」

「あら、お目覚め?」


椅子に座り、机に頬杖をついている名前の唇が弧を描く。
一体いつからそこに座っていたのだろう。
今の今まで全く存在に気が付かなかった。
名前が指を鳴らすと向かい合う向きで椅子が現れた。
手で勧められ、冷えたままの体を動かして座る。


「はい、チョコレート」


差し出されたそれを受け取って一気に口に放り込む。
口の中に甘さが広がり、眉間に皺が寄る。
それを見てか名前がクスクスと笑い出した。
そういえば、名前はずっと叫びの屋敷に居たような気がする。
部屋の隅で腕を組み冷めた目で成り行きを見ていた。
口を挟む事も手を出す事もせずただただ見ているだけ。


「ピーターは?」

「さあ?何処かへ逃げてしまったわ」

「探してないのか」

「ええ。ご主人様の元へ向かったんでしょうけど」

「……そうか」


いつの間にか置かれていた紅茶を名前が口に運ぶ。
自分の命はきっともうそんなに許されてはいないだろう。
それなのにどうして簡単に逃がしてしまったのか。
カチャ、とカップとソーサーが音を立てた。


「お前は、今日の事知ってたのか?」

「まさか。私は未来を見られる訳じゃないのよ」

「悪魔だろ?」


質問に答えずに名前は溜息を吐いて再びカップを持ち上げる。
まるで初めて飲むかのように香りと色を確かめ、そこにミルクを入れた。
先程までミルクが入っていたと思ったのに、いつの間に取り出したのか。
名前なら瞬き一つで可能なのだろうが。
味を確かめるように一口飲み、赤い唇を赤い舌がなぞっていく。


「私は予知能力は無いわ。貴方達より多くの事が解るだけ。アルバス・ダンブルドア以上にね」


ニッコリ微笑んで名前は姿を消した。
紅茶が入っていたカップは未使用の状態に戻され机に置かれている。
相変わらず気分で動くやつだ、と思った瞬間窓がノックされた。




信じられない気分でヒッポグリフに乗って空を飛ぶ。
ハリーともう少し話をしたかったし、ロンの事も気になる。
ピーターを捕まえる為とはいえ怪我をさせてしまった。
しかしゆっくりしている時間は無かったから仕方がない。


「ハーイ、シリウス」


突然聞こえた声とお腹に回された腕に溜息を吐きたくなった。
振り返ろうとすると黒い爪の指がある一点を指差す。
すると次の瞬間ヒッポグリフがどんどん地上へと向かっていく。
今度こそ振り返ると名前がにっこり笑っていた。


「無事で何より。ビーキーもね」


地上に降りるなり名前はそう言ってヒッポグリフを撫でる。
ビーキーと言う名前なのか、と思いながら辺りを見渡す。
人影は無く、何処までも木が並んでいる。
どうやら何処かの森に来たらしい。


「無事って、俺が死んだらお前は俺を連れ去るつもりなんだろ?」

「何言ってるのよ。ディメンターは魂を吸い取ってしまうのよ?吸い取られたら貴方もディメンターになってしまうじゃない。あいつらに渡したりなんかしないわ」

「……そうかよ」


近くにあった木の根に座り、溜息を吐いた。
名前と出会ってから溜息が増えたような気がする。
それはきっと気のせいではない筈だ。
ヒッポグリフに肉をやる名前を見ながらこの先の事を考える。
まずホグワーツのディメンターをどうにかしなければいけない。
それから、ハリーに連絡をして許可証を届ける。
全て済ませたらその後はどうしようか。


「お腹空いてる?サンドイッチならすぐ用意出来るけど」

「いや、それより梟を見に行きたい」

「梟?ふぅん……じゃあ、ビーキーにはちょっと待ってて貰いましょうか」


そう言うと名前は木にヒッポグリフを繋いで戻ってくると腕を組んだ。
今は茶色の瞳が頭の天辺から足の先まで眺める。
パチンと指を鳴らした時にはすっかり服が変わっていた。
そして再び茶色の瞳が上から下へと動く。


「こんなところかしら。髪もセットしてあるし貴方だとは気付かないわね」

「顔はそのままか?」

「そのままよ」

「気付かれたらどうするんだ」

「その時はその時よ」


楽しそうにそう言うと俺の手を握り名前が指を鳴らした。
いつの間にかローブ姿になっているがホグワーツの物ではない。
何処かの貴族だと言われてもおかしくない姿だ。
きっと俺の服装も似たようなものなのだろう。
嬉しそうに腕を絡ませた名前が梟店の扉を開けた。




些か頼りない梟を連れて戻るとヒッポグリフが煩そうに顔を上げる。
名前がただいまと言いながら撫でると顔を下ろし寛ぎ始めた。
いつの間にか俺の服装も名前の服装も元に戻っている。
羊皮紙を取り出し、まずは許可証を書いていく。
これでハリーは来年からホグズミードに行けるようになる筈だ。


「優しいわね、シリウス」


いつの間にか隣に座っていた名前が羊皮紙を見て呟く。
返事はせずに別の羊皮紙にハリーへの手紙を書き始める。
ゆっくり話が出来たらとは思うが、今は手紙を書けるだけでも充分だ。
それに、ハリーがマグルの家に帰る前に届けたい。


「これからどうするの?」

「予定は全く無いな。暫くは逃亡生活だ」

「有名人だものね、貴方」

「一緒に来るのか?」

「いいえ。ちょっとやる事があるもの」


飛ぶように勢いを付けて立ち上がると名前の服が貴族服に変わる。
そして何処からかサンドイッチを取り出すとじゃあねと言葉を残して消えた。
サンドイッチを一つ食べると手紙を許可証と一緒に梟の足に括り付ける。
不安はあるが張り切っているしきっと大丈夫だろう。
小さくなる姿を見送ってからもう一度サンドイッチに手を伸ばした。




(20150219)
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