「ちょっと、無視しないで!」


聞こえてきた声に顔を上げ、あの賢い猫と名前が視界に入る。
キャンキャンと何かを喚く名前を無視している猫。
そして猫が口にくわえている何かに手を伸ばし始める。
それも華麗に避けて、名前が悔しそうな声を上げた。


「猫相手に何してんだお前は」

「私がシリウスに渡そうと思ったのに」


名前がそう言うのと同時に膝に飛び乗った猫が何かを落とす。
それを拾い上げて捲ってみると幾つも単語が書かれている。
この単語達はグリフィンドールの談話室に入る為の合言葉なのだろう。
感謝の気持ちを込めて膝の上で丸くなった猫の耳の後ろを掻いてやる。


「良いなぁー。私もシリウスに褒められたい」

「じゃあピーター連れてこいよ」

「お茶でも淹れましょうか。珈琲の方が良いかしら?」


ピーターという単語は聞かなかった事にしたらしい。
さっさと話題を変え、いつものバスケットを出現させた。
テキパキと準備をする名前を猫がジッと見つめている。
この猫には名前が人間じゃない事は解るんだろうか。
隠されているかもしれない翼や尻尾が見えるかもしれない。
実際あるのかどうかは聞いた事も見た事も無いから知らないけれど。


「クッキーあげるわ」

「おい、猫に人間のクッキーは」

「人間のじゃないわ。一枚食べてみる?」

「は?今の俺は人間、」


言葉の途中でクッキーを押し込まれ、それを咀嚼する。
いつも持ってくるクッキーとは違い甘さもハッキリとした味も無い。
ほんのりと人参の味がするような気がする。


「これ、犬も食べられるのよ」

「……あーそうかよ」

「次のご飯はこれにしてあげましょうか?ってそんな顔しないでよ。冗談よ」


クスクスと笑いながら猫にクッキーを差し出す。
更に水まで用意していて、仲が悪そうだったのが嘘みたいだ。


「それで、城に入るの?」

「ああ、そうだな」


合言葉も手に入ったしあとはいつ入るか決めるだけ。
ピーターはどんな気持ちで過ごしているだろうか。
学生時代同様怯えて過ごしているか、はたまた俺から逃げる事に必死になっているかもしれない。
俺が脱獄してピーターを狙っている事くらいもう耳に入っている筈だ。
そういう人間なのだと知っている筈なのに、どうしてあの時あんな事を考えてしまったのか。
思わず手に力が入り拳を作った瞬間、その拳の上に手が重ねられた。
そして指を一本ずつ開いていく。


「何だよ」

「……城に入るなら、気を付けて」

「俺は目的さえ達成出来ればそれでいい」


そう、とだけ答えて名前は曖昧に笑った。
何だかいつもと雰囲気が違うような気がする。
しかし次の瞬間にはいつもと変わらない様子で猫を撫で始める。
もしかしたら違うなんて思ったのは気のせいかもしれない。




耳にウィーズリーの少年の叫び声が残っている。
ひたすらに足を動かして、走って走って外を目指す。
あの子のベッドに居ると思ったのに鼠は居なかった。
侵入しても目的を達成出来ないのならば捕まる訳にはいかない。
抜け道を抜けて城の外に出ると犬に変身して森を目指した。


「こんばんは、黒犬さん」


突如現れた名前はにっこり笑って併走し始める。
チラリと見ただけで直ぐ視線を前に戻し森へ入った。
奥へ奥へと進む間も名前はずっと横を走って着いてくる。
いつも寝床にしている場所まで来ると変身を解き、名前の腕を両手で掴んだ。
逃げないように力を込めてもは痛みに顔を歪める事は無い。


「お前、知ってたのか?」

「んー?何を?」

「ピーターが居ないって、知ってたのか?」


名前は質問には答えようとはせずに困ったように笑った。
それは答えのような物で、カッと頭に血が上る。
殆ど反射的に振り上げた手を名前に向かって下ろす。
しかしその手は白い手に受け止められて、動かそうにもビクとも動かなくなった。


「駄目よ。女の子を殴るなんて」

「お前は悪魔だろ」

「そうね。男の子にもなれるけど、でも今は女の子なのよ」


そう言って名前は茶色の瞳で真っ直ぐ俺を見上げてくる。
相変わらずビクとも動かない手に力を入れながらその瞳を見返す。
暫くそのままでいると段々と気持ちが落ち着いてくる。
大きく息を吐いてもう一度手を引いてみると何の抵抗もなく簡単に動いた。
名前から顔を逸らし寝床に座り込んでもう一度大きく息を吐く。
名前はパンッと手を合わせていつものバスケットを出現させた。
その中からいつも通りポットとカップを取り出している。


「はい、紅茶」

「……怒んねえのか」

「何を?」

「いや、別に」


カップを受け取って一口飲むとやけにホッとした。
思いの外冷えていたらしい手に紅茶の温度が心地良い。
ただでさえ冷える森の中に居るのだ。


「ピーターは、貴方が狙っている事に気付いて逃げたわ」

「そうか、やっぱり」

「行き先は私も知らない。探してないから」


探せば直ぐ見つかるだろうがきっと名前は探さない。
頼めばやるか、それともいつものようにはぐらかされるか。
ニヤリと脳内の名前が笑ったような気がする。
ピーターの事を聞くだけ無駄なのだと思考を振り払う。


「何か変わった事はないか?」

「特にないかなぁ。今は城内が少し騒がしいけど」

「何か変わった事があったら教えてくれ」

「気が向いたらね」


本当に気が向かなければ名前は話さない。
面倒だなぁと思う反面、何をすれば話すか考えている自分が居る。




(20141217)
36
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -