「メリークリスマス!」


突然現れた名前は大きな声でそう言うとパチンと指を鳴らした。
すると、意図していないのにアニメーガスに変身していた体が戻り始める。
人間に戻った瞬間に何かを思い切り頭から被せられ視界を奪われた。
その何かを手に取ってみるとサンタ帽で、よく見ると蝙蝠のシルエットが刺繍されている。
その間に名前が準備をしていたらしくいつもの猫足のテーブルの上に様々な料理が並んでいた。
そして先程まで感じていた寒さが今は全く感じられない。
暑くもなく寒くもなく過ごしやすいのに辺りは雪に囲まれている。


「さあ、座って座って。今日はワインもあるのよ」


そう言って取り出されたワインは有名な物で、名前曰く当たり年の物らしい。
ワイングラスに注いでいるのを見ながら溜息を吐いた。
こんな事をしている場合では無いが空腹なのは事実。
気紛れに名前が持ってくる食事だけが唯一のエネルギー源なのだ。
いつもこのパターンだな、と思いながらとりあえずシチューに手を伸ばす。


「シリウスと二人でクリスマスなんて昔を思い出すわね」

「昔?」

「灰色のマフラーとか、私の膝枕で寝ちゃうシリウスとか」


何故か名前は膝枕という言葉で両頬を手で覆う。
恥ずかしがるような年齢でもないだろうに。
そういえばあの灰色のマフラーはどうしただろう。
ホグワーツのトランクにしまい込んでそれから覚えていない。
名前が姿を消してから見かけていない気がする。
というか、そもそも存在を考えるとおかしいと思う。


「お前悪魔だろ。クリスマス祝うのかよ」

「まさか。祝ってる人間からすれば私は邪悪な存在。人間を誘惑し堕落させ魂を奪う」


歌うようにそう言うと名前はワインを飲み干し、エクレアを頬張る。
そして指に付いたクリームを舐めて自画自賛の台詞を口にした。
祝わないのに豪華な料理を作るのかと尋ねてもはぐらかされて終わるだろう。
それに、何となく名前の言いそうな事が解る気がする。


「シリウスはその悪魔と向かい合って悪魔の作った料理を食べてる訳だけど」

「何か仕込んでるのか?」

「仕込んでないわ。そんな事したら嫌われちゃうもの」


案の定そんな台詞が返ってきて小さく息を吐いた。
昔からよくそういう事を言うが何処まで本気なのか。
考えても駄だと解っていても考えてしまう。
名前が何度もそういう言葉を口にするせいかもしれない。
思考を追い払うようにワインを飲み干す。
するとすかさず名前がボトルを持ちワインを注ぐ。


満腹になったのを見計らったのか名前が指を鳴らす。
テーブルが消え代わりに見た事のあるシートが現れた。
バスケットが置いてありその上にスコーンやサンドイッチが置いてある。
座っていた椅子がクッションに変わり体がシートへ落ちた。


「休んで良いわよ。ピーターに何かあったら起こしてあげる」

「それなら捕まえろよ」

「だぁめ」

「…小さな子供じゃねえぞ」

「外見はね。ほら、リラックス」


肩を押されそのままクッションに倒れ込む。
更に上からマントを被せられ頭を撫でられた。
先程外見は、と言った通り子供扱いしているのだろう。
不満を口にしようとしたらクッキーを放り込まれた。


「クリスマスだから何かプレゼントをあげるわ。何が良い?」

「ピーター」

「却下。ピーター以外で」

「特に無いな」


もう寝てしまおうと毛布に潜り込む。
マントだと思っていた物がいつの間にか毛布に変わっていた。
名前が居るなら寝ている間に何かされる心配も無い。
そういう部分では名前の事を信用している。
目を閉じると再び頭を撫でられた。


「本当に無いの?何でも良いのよ」

「代わりに魂寄越せとか言うだろ」

「言わないわ」


目を開いて顔を見上げると先を促すように首を傾げる。
ピーターの事以外で、というと思い付かない。
かけられている疑いが晴れたらと思わないでもないがきっと無理だろう。


「じゃあ、勝手に決めちゃおうかしら」

「何もしなくて良い」

「きっと私に感謝するわ」


突然ぐいっと手を引かれ体を起こした。
その瞬間何故か目線が低くなり地面から足が浮く。
何事だと口を開くと犬の鳴き声がした。
首を捻ってみると真っ黒な尻尾が目に入る。
そして体に回されているのは二本の腕。
見上げると名前がキラキラした瞳で此方を見ている。


「可愛い!いつもの大型犬も良いけど小型犬も良いわ!」


テンションの高い名前に頬摺りをされて抜け出そうと必死でもがく。
しかしビクともせず頬摺りをされ挙げ句に頭に何回もキスされた。
元に戻ろうと思ってもアニメーガスとは違い自分の意志では戻れない。
イライラしたままに声を出せば唸り声になった。


「さて、行きましょうか」


何処にと聞きたいのに言葉が出て来ない。
それでもこの悪魔には解る筈だ。
しかし相手をする気が無いのか鼻歌を歌いながら進んでいく。
しかもいつの間にか制服姿になりグリフィンドールのローブを着ている。
制服姿という事は城内に入ろうとしているのだろう。
再び暴れてみたがただ無駄に体力を消耗しただけだった。


案の定城内に入った名前は躊躇う事無くどんどん進んでいく。
城内は朝食後だからかとても静かで生徒の姿も見ない。
クリスマス休暇だと思い出して息を吐くと名前の手が頭を撫でた。
見知った道をどんどん進んでいく。
これはつい最近通ったグリフィンドール塔への道。
この先にはピーター・ペティグリューが居る。
それを知っている筈なのに、名前は談話室へと進む。


談話室には男の子が二人、女の子が一人居た。
女の子は初めて見たが男の子はどちらも知っている。
あの赤毛はウィーズリー家の子でもう一人はハリーだ。
女の子とウィーズリー家の子が出す険悪な空気の中ハリーは箒に夢中になっている。
あの賢い猫に代わりに注文して貰った箒、ファイアボルトに。
嬉しそうなハリーの顔に此方まで嬉しくなってくる。
名前はゆっくり談話室を通過して女子寮へと進む。


「さあ、森に戻りましょうか」


パチンと指を鳴らす音がして、辺りの景色が森に戻る。
と同時に小型犬だった自分の体も元に戻った。
元通りを確認してから先程のハリーの顔を思い浮かべる。
そして制服姿から貴族服に戻った名前の名前を呼ぶ。


「お前にしてはまともなプレゼントだな」

「そうでしょう?ピーターに会わせる訳にはいかないけどねぇ」


直ぐ目の前まで歩いて来た名前の頭を撫でる。
今日くらいはピーターの事を忘れても良いかもしれない。
長い黒髪を撫でていると更に距離を詰めて顔がピタリとくっつけられた。
いつもより少しだけ名前に優しくしても良いと思う程には気分が良い。




(20141027)
34
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -