カサ、と音がして顔を上げると赤いマントを着てバスケットを下げた名前が居た。
マントの下はいつもの貴族服で足元が悪いのなんて感じさせないように編み上げブーツでどんどん歩いてくる。
黒く長い爪の手が伸びてくるのを見て人間の姿に戻り、その手を握った。
白くて滑らかな肌は触れていて心地良いとは思う。


「なんで戻っちゃったのよ。撫でたかったのに」

「俺は犬じゃねえから撫でられたって嬉しくない」

「私が撫でたかったの」


そう言いながら唇を尖らせる名前の頭を撫でてやる。
すると途端に嬉しそうに笑うから単純だと思ってしまう。
いつの間にかセットされていたテーブルに名前が鼻歌を歌いながら皿を並べていく。
前みたいに手の込んだ料理は無いが、それでも量は多い気がする。
チキンにサンドイッチにトーストにカレーに、どれだけ用意したのだろうか。
カップに紅茶が注がれるのを見ながらこっそり溜息を吐いた。


「さあ召し上がれ」


向かい側に座った名前のその言葉にサンドイッチに手を伸ばす。
それを見て名前もサンドイッチを手に取った。
無くなったと思ったら次の瞬間には補充されている。
今日は名前も一緒に食事をするという事だろう。


「進展はあった?」

「ねえな」

「ふぅん」


何か思案するように目を逸らした名前がカップを持ち上げた。
こういう素振りを見せるのは珍しい。
進展はというとこの間城内へ忍び込んだくらいだ。
かつては自由に出入り出来ていた肖像画に阻まれてしまったが。
あの一件で城内の守りは以前より固くなったに違いない。
また忍び込むには昔見つけた通路を使えば良いだろう。


「そういえば、試合を見に行ったでしょう?」

「ああ」

「あの後、ディメンターが競技場に集まってハリーが箒から落ちたのよ」


持っていたスプーンが手から零れ落ち、音を立てる。
一目だけと思って競技場の一番高い席に見に行った。
飛ぶのが上手なハリーはやはりジェームズの子だと再確認しただけだと思っていたのに。


「ハリーは、無事なのか?」

「ええ。ただ箒は暴れ柳に突っ込んで無事じゃなかったみたいよ」

「そうか」

「それから、ディメンターは生徒達の熱気に集まってきたんだろうって言ってたわ」


誰が?とは聞く気にならなかった。
そもそもホグワーツにディメンターが居る原因は自分。
ハリーの迷惑になるだろうとは思っていた。
だがそれでも成し遂げなければいけない。
脱獄までした理由を忘れてはならないのだ。


「なあ、羊皮紙あるか?羽根ペンも」

「あるわよ。でも食べ終わってからね」


はいはいと適当に返事をしてスプーンを持ち直す。
その時近くの茂みがガサガサと音を立て一匹の猫が現れた。
そしてジャンプをしたと思ったら膝に乗って丸まり喉を鳴らし始める。
その猫はいつもフラリと現れ協力してくれる賢い猫だ。


「あら、小さな味方ね」

「こいつは賢いぞ。侵入するのも手伝ってくれた」

「その子、何処かで見た気がするわ」

「誰か生徒のペットだろうからな」

「そうじゃなくて、何処だったかしら」


そう言ったきり名前は頬杖を付いて考え込む。
その間に食事を再開させ、皿を空にする。
満腹になったと思ったら皿も残った料理も消えてしまった。
ホグワーツ顔負けだな、と内心思いながら猫を撫でる。


「おい、羊皮紙と羽根ペン」

「ああ、そうね。はいどうぞ」


バスケットから取り出されたそれを受け取って羽根ペンを動かす。
名前と金庫の番号、そして商品名を書き込んでから折り畳む。
それをジッと見ていた猫に差し出すと意図を理解したのかにゃあと一鳴きして羊皮紙をくわえ走って行った。
羽根ペンとインク瓶を返そうと顔を上げると名前はニヤニヤと此方を見ている。
その視線から逃れるように立ち上がると今まであったテーブルが消えた。


再びマントのフードを被った名前が後ろをついてくる。
特に行くべき場所がある訳ではなく、これはただの散歩。
ディメンターに近付かないように注意しながら歩く。


「心配しなくてもあの気味悪ーいのは寄って来ないわよ」

「そうかよ」


赤いマントでディメンターの真似をする名前を置いて進む。
いつものように酷いと騒ぐ名前を無視して城が見える所で立ち止まった。
ハリーもあの裏切り者も、そしてかつての親友もこの城に居る。
そして楽しかったあの日々の思い出がそこかしこに残っていた。
城に忍び込んだ時、時間があったなら色々見て回ろうかと思った程に。


「昔を思い出す?」

「さあな」

「私は思い出すわよ。初めて貴方に会った時の事とか」


葉を追い掛けるように名前がジャンプする。
それに合わせてゆらゆらと赤いマントの裾が揺れた。
そういえば名前と初めて会ったのはこの森だったか。


「お前にしてみたらついこの間の話だろ」

「あら、同じ事言うのね。やっぱり親友ねぇ」

「は?」

「確かに貴方と初めて会った日もオリオンに会った日もついこの間よ。ただ、ちゃんと覚えてるのよ。全部ね」


いつもと変わらない声なのに何かが違う気がして、視線を移した。
しかし此処から見えるのは後ろ姿で表情は解らない。
そういえば偶にこういう事があるような気がする。
どれ程の時間を過ごしているのか知らないが俺より長生きなのは間違いない。
そうなると自然と出会った人の数も思い出の数も増えるのだろう。
俺だって思い出す事は沢山あって、それでもきっと全部ではない。


「シリウス?」

「何だ?」

「何ってこっちの台詞よ。ずっと見られていたら照れちゃうわ」


嬉しいけど、と言った名前を見てしまったと思った。
少し名前の事を気にしすぎなんじゃないか。
悪魔だと解っていても見た目は変わらないし言葉が通じてしまう。
目的があるのだから気にしすぎないよう気を付けなければならない。




(20141012)
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