ハリーの叔父さんに代わってサインが出来たらと思う。
でも自分はハリーの両親の友人でしかない。
それに、今はハリーはホグズミードに行かない方が良いだろう。
あの子にはなるべく危険な事から遠い所に居て欲しい。
空のカップを見て溜息を吐くと、スッと白い手が現れた。
黒くて長い爪に反するような透き通る白さを持つ手。


「やあ、名前」

「あら、バレちゃった?」


ふふふ、と無邪気に笑いながら姿を現した名前はローブ姿だった。
ホグワーツ指定の物ではなく、昔よく見た真っ黒なローブ。
カップを持ち上げると名前は何かに気付いたように手を口に当てた。


「あ、いけない。私ったら爪が長いままだったわ」

「紅茶を飲むかい?ティーバッグだけど」

「偶にはティーバッグも飲もうかしら」


名前の爪が瞬きの間に短くなったのを見ながら杖を振る。
カップにお湯を注いでいる間に名前が箱を取り出した。
いつも高級なお菓子ばかり持っているのに、取り出したのは珍しく安いクッキーの箱。
美味しくて昔から好きだったのだとリリーが言っていたのを思い出す。


「買ってきたの?」

「そうよ。リリーの家の近くでね。食べるでしょう?」

「貰うよ」


一枚口に入れると途端に懐かしい思い出が浮かんでくる。
より鮮明に浮かぶのは先程までハリーと居たからだろうか。
あの子は本当に両親に似ている。


「リーマスったら、土曜日なのにお仕事なのね」

「本望だよ。働ける事は有難い」


名前は何も答えずクッキーをまた口に入れた。
授業の準備を進めようと立ち上がっても名前は何も言わない。
クッキーを食べる音だけがする部屋の中、手を動かす。
クッキーは減っていくけれど、紅茶は幾ら飲んでも減らないようだ。


「話を聞いていたね」

「うん、まあ」

「盗み聞きは感心しないな」

「聞こえてくるのよ。それにしても、あの子ったらセブルスの事疑ってるのね」

「ああ、そうみたいだね」


名前が指を鳴らすと脱狼薬の入っていたゴブレットが消えた。
持ち主の元へ帰ったのか、本当に消えてしまったのか。
ハリーの口調からセブルスの事を怪しんでいるのは解った。
確かに信じられるかと言われたら手放しに頷けない。
ただ、ダンブルドアが信じているのなら大丈夫だろう。


「アルバスの忠犬ね」

「え?」

「何でもないわ。それより、また薬をあげましょうか?脱狼薬は苦いでしょう?」


呟いた言葉は聞こえていたけれど、詳しく聞く前に話題を変えられてしまう。
薬は要らないと告げると名前は少しだけ寂しそうに笑ってそう、とだけ呟いた。
その顔は昔に一度だけ見た事があったかもしれない。




その日の夜、城内にシリウス・ブラックが侵入したというニュースが舞い込んで来た。
隠れていないかを探す為いつもより明るい城内を歩く。
シリウス・ブラックはきっともう城内には居ないだろう。
あいつはこんな騒ぎになっても残っているような奴ではないし、何しろ姿を変えられる。
やはりあの事をきちんとダンブルドアに言った方が良いんだろうか。
でも、そうなると自分の裏切り行為も話さなければいけない。


「こんばんは」

「やあ、名前。こんばんは」

「そんな風に考え込んでいては探し物は見つからないわよ」

「そうだね。君は探し物が何処か知ってるかい?」

「それは秘密」


立てた人差し指を唇に当てて名前は微笑む。
よく見れば名前は丈の短い貴族服を着て編み上げブーツを履いている。
この姿だという事は何か姿を隠さなければいけない事でもあるのだろうか。
名前が一歩前へ踏み出す度にブーツが音を立てる。


名前は探し物の場所を知っているだろう。
けれど聞いたところで素直に教えてはくれない。
学生時代、シリウス・ブラックも同じ立場だったのだろうか。
名前に何かを教えて貰ったり何かをして貰ったり。


「あ、此処だったかしら。ジェームズとシリウスが花火を仕掛けてフィルチに捕まった場所」


銀の甲冑の前に走っていく名前が昔の名前と重なる。
確かあの時も名前と廊下を歩いていたら突然大きな音と声がして、得意気に笑ったジェームズが珍しく転んで捕まってしまった。
ピーターが近くに隠れていてどうしようどうしようと慌てていた中で名前は可笑しそうに笑っていたと思う。


「最近ホグワーツに居る事が多いから、どうしても色々と思い出すわ」

「名前にとったらほんの少し前の出来事だろう?」

「そうね。でも、悪魔にだって大事な思い出はあるのよ」


名前がパチンと指を鳴らすと花火が現れて大きな音を立てて爆発した。
あの時と全く同じ大きさのグリフィンドールカラーの花火。
あの時は燃えかすが大量に残っていたけれど、今は燃えかすがキラキラ輝いては消えていく。


「綺麗でしょ?あの時もこうすれば良かったのにねぇ」


名前の茶色の瞳に花火が映ってキラキラしている。
でも、名前は本当に花火を見ているんだろうか。


「私ね、シリウスもリーマスも好きよ。友情が一度壊れてしまったらもう二度と友達には戻れないのかしら?」


振り向いた名前の茶色の瞳に見つめられて言葉が出てこない。
もう随分会っていないかつての親友は今は脱獄した裏切り者だ。
ハリーと接する環境にいる今、親友に戻る事なんて出来ない。
あの日、かけがえのない親友を奪われたという絶望は今でもハッキリ覚えている。


「貴方の困った顔は昔から変わらないのね」

「え?」

「今日はもう退散するわ。またね」


待ってという言葉を掛けるより先に名前の姿は消えてしまった。




(20140801)
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