授業を終えて自分の研究室に戻るとソファーに名前が座ってワイングラスを傾けていた。
制服姿に思わずワインは駄目だと言いそうになったのを何とか飲み込む。
外見が他の生徒と変わらなくても中身は悪魔で、その年齢はどれ程か解らない。


「あ、お帰りなさいリーマス」

「ただいま」

「リーマスも飲む?」

「いや、遠慮しておくよ。まだ授業の準備をしなくちゃいけないからね」

「ふーん。大変なのね、ルーピン先生」


机に三年生の名簿を置き、椅子に座った。
それを名前の茶色い瞳が追い掛けてくる。
いつの間にか手にしていたワイングラスは消えていた。


「名前、暇なの?」

「今はね。だからリーマスのとこに来てみたの。セブルスったら知らん、忙しい、帰れしか言ってくれないんだもの」


つまらないと言いながらその時の事を思い出したのか眉を寄せる。
名前の口からセブルスの名前が出て来た事に驚いた。
学生時代一緒に居るのを一度も見掛けた事は無い。
リリーと仲は良かったけれど、その繋がりなんだろうか。


「待ち人もまだ来ないし」

「待ち人?」

「そ、待ち人」


トン、と音を鳴らしてソファーを降りた名前の格好が丈の短い貴族服に変わった。
靴は編み上げブーツになり、手の爪は長く尖った形で黒く塗られている。
学生時代は見えなかった名前の姿が何故今見えるのかは解らない。
ただ、学生時代にも見た事が何回かあったのをたった今思い出した。


「ポッタージュニア、ジェームズにそっくりね。目はリリーだったけど」

「君はジェームズとリリーを覚えているんだね」

「何故?」

「悪魔である君にとって一年にも満たないあの時間は瞬き一つ程度じゃないのかい?」

「だからって忘れるとは限らないのよ」


そう言いながら名前が目の前に立ち、茶色の瞳が真っ直ぐに見上げてくる。
ただ純粋にその茶色の瞳が綺麗だと思った。
この瞳が真っ赤に染まるのも、綺麗で、恐ろしい。
真っ直ぐに見返していた茶色の瞳が不意に机の上へと動く。


「あら、この新聞、いつの?」

「今朝のだよ」

「シリウス・ブラック目撃情報、ねぇ」

「ああ、この近くみたいだよ」


そうねぇ、と新聞を手に取って記事に目を通す。
その新聞には手配書が印刷されていた。
脱獄後、何度も何度も繰り返し見た手配書。
痩せこけた頬に伸びきった髪、此方を睨むような目。
名前を威嚇するように何度も何かを叫ぶように口を開く。


「これ、リーマスはどう思う?」

「ホグワーツに来なければ良いと思うけど、ハリーを狙っているなら来るだろうね」

「来たら久しぶりの再会かしら?昔みたいに」

「名前、それは、」

「どう?久しぶりに見た感想は」


名前は今までの貴族服姿ではなくなっていた。
黒い髪に灰色の瞳、そしてグリフィンドールのローブ。
整っている顔立ちは見間違える筈も無い。
まだ同じローブを着ていた頃、毎日見ていた姿。
目の前に立っているのは学生時代のシリウス・ブラック。


「あ、勿論声も変えられるけど」

「いや、そのままで良いよ」

「そう?」

「名前、元に戻ってくれないか?」

「やっぱり嫌?この姿。私はシリウスの綺麗な顔見られるから好きなんだけど」


確かに姿形はシリウス・ブラックの物だけれど、中身がまるで違う。
見慣れた顔が見慣れない表情をするのは奇妙な物で、何とも言い難い。
それを聞いた名前はニコッと笑ってから元の貴族服の姿へと戻った。
あんな風にニコッと笑う姿なんて、やっぱり見た事が無い。


「リーマス、貴方に変身も出来るのよ」

「しなくて良いよ」

「満月の日だって授業が出来るわ。いつバレるか、なんてビクビクしなくて済むし」

「良い条件だね。でも、悪魔の誘惑だ。何かを…魂を差し出せって言うんだろう?」

「やだ、バレてた」

「それに、そんな気は無いだろう?」

「そんな事無いわよ。貴方が望むならいつだって契約してあげる。対価を支払うならね」


名前はニッコリと笑っているのに、本能が危険と恐怖を訴える。
この歳になって、と思うけれどこれは幾つになっても変わらない。
くるりと名前が背中を見せて初めて息を詰めていた事に気が付いた。
窓際まで歩き、窓を全開にして部屋の空気を入れ換える。
気分も少しでも変わってくれたら良いと思う。
名前はソファーに座り、再びワイングラスを手にしていた。
いつの間にかテーブルに綺麗に切られたチーズが並んでいる。
きっとこのチーズもワインも高い物なのだろう。
ワインを飲み始めた名前はとりあえず放っておく事にして、授業の準備を始める。


授業の準備を終えても名前はまだワインを飲んでいて、チーズも全く減っていない。
食べると直ぐに同じ物が現れるから、お皿が空にならないのだ。
名前自身の魔法か、それとも名前と契約しているという小鬼の仕業か。
向かい側に座ると途端に目の前にワイングラスが現れた。
手にするとワインが湧き出てグラスが満たされる。


「ねえ、ホグワーツの教師は、楽しい?」

「そうだね、楽しいよ。問題も、あるけどね」

「そう。リーマスが楽しいなら良かったわ」


そう言って名前は無邪気に笑った。
学生時代でも余り見た事の無い無邪気な笑顔。
余り見た事が無いから本物だと、思う。
だから名前が悪魔だとなかなか信じられなかったのかもしれない。




(20140530)
30
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -