「名前」

「はぁーい。って何でそんなにびしょ濡れなのよ!それに私の綺麗なシリウスが痩せてる!」

「良いから早く何とかしろ!」


いやぁ!と両手で顔を覆ってショックを受けているらしい名前の手を掴む。
その瞬間に川を泳いで全身ずぶ濡れだった服が乾く。
冷え切ってしまっていた体も嘘のように温まっている。


「お前の偶には十年単位か」

「ちょっと色々あって、ね。それよりとりあえずこれ飲んで」

「何だよ。ワインか?」

「うん。今準備するからそれ飲んでて」


先程までは無かった筈のバスケットからせっせと皿やカトラリーを取り出す。
かと思えば次々サンドイッチやスコーンといった食べ物が出てくる。
もしかしてこうなる事をある程度予期していたのだろうか。
そう思ってしまう程あのバスケットからは色々な物が出てくる。


「はい、お待たせ。好きなだけ食べて良いわよ」


並んだ料理の中のチキンに手を伸ばすとサッと名前が皿を差し出した。
一応受け取ってチキンにかぶりつくと久しぶりの味に何故か泣きそうになる。
誤魔化す為にワインを飲み干すとグラスを取り上げられゴブレットを渡された。
中身はワインではなくオレンジジュース。


「髪も伸びたわねぇ。一回切る?」

「いや、良い。どうせまた伸びる」

「じゃあ尚更じゃない?ちょっと切った方が良いわよ」

「…好きにしろ」


言葉通りにするらしく名前は鋏を取り出した。
ジャキ、ジャキ、と髪の毛を切る音に混じってついでに綺麗にするとかこんなに汚くとかぶつぶつ呟く声が聞こえてくる。
好きにさせている間にレタスとトマト、ハムが挟んであるサンドイッチに手を伸ばす。
満足するまで切った名前が隣に座り直した頃には四つ目をかじったところだった。


「それで、脱獄までして、どうするの?」

「あー…とりあえず、ハリーを見たい」

「ああ、夏休みだねぇ。じゃあまずはリトル・ウィンジングね」


スコーンにクロテッドクリームを塗りながら名前が何やら思考を巡らせている。
何だかその様子が珍しくて観察しているとクロテッドクリームにクランベリージャムが追加されたスコーンを押し込まれた。
ずっと皿の上に置いてあった筈なのにスコーンは温かい。


「ポッタージュニアに会ったらどうするの?」

「ホグワーツへ行く。あいつは今エジプトだ」

「ふぅん」

「そういえば、お前ホグワーツの生徒に手出し出来ないとか言ってなかったか?」

「うん。それはまだ続行中」


つまんないわよね、と言いながらもどうでも良いような表情だ。
名前が興味を持つような生徒は今は居ないのだろうか。
ハリーに興味を持たれても困るからそれはそれで良いのかもしれない。


満足するまで食べると全ての皿が空っぽになった。
それを片付け終えると同時にバスケットが消える。
杖も無く自在に魔法が使えるのは便利だと思う。
ボーッとそれを見ていたら目の前に立った名前の手が首に回された。


「ね、シリウス、私と契約しない?」

「契約?」

「私の眷属になってくれても良いけど?」

「冗談じゃない」

「でしょう?だから契約」


ね?と僅かに首を傾けて顔を近付けてくる名前の口を手で覆う。
不満を訴える茶色の瞳を離すように距離を取って説明を促す。


「貴方の力になってあげる。まあ、ホグワーツでは出来ない事もあるんだけど…悪い話じゃないでしょ?」

「タダって訳じゃねえんだろ?」

「勿論。シリウス、貴方の魂を私に頂戴?」


別に瞳が赤くなった訳じゃ無い。
赤い唇は弧を描いているのに恐怖にゾクリとする。
悪魔だという事は解っていた筈で、悪魔は魂を求めると昔読んだ本に書いてあった。
人間にとって一番大事な魂を差し出す代わりに望みを叶えてくれるのだと。


「俺を奴隷にするのか?」

「まさか!好きな部屋をあげて、毎日楽しく過ごさせてあげる」

「特別待遇だな」

「だって私は貴方が好きだもの」


どう?と首を傾げた姿はやはり可愛らしいと思う。
でもまだ背中に走る恐怖は消え去らない。
それに、どうして名前は俺に構うのだろうか。


「まあ、まだ決めなくても良いわよ。シリウスのお願いなら叶えてあげる」

「タダでか?」

「うん。ちょっとした事ならね」


だって嫌われたくないでしょ?と言いながら無邪気に笑う。
先程までのあの緊迫感は何処へ行ったのか。
息を吐いてから手が汗でびしょ濡れな事に気付いた。
名前は悪魔なのだと改めて認識しなければならない。
気紛れである日突然俺への好意が消えるかもしれないのだ。
好意なのかどうかはよく解らないが。


「さてと、リトル・ウィンジングだったわね。何日か居ればジュニアに会えるかしら」

「あ、ああ、多分」

「じゃあ、行きましょうか」


差し出された手をどういう意味かと見つめていたら焦れたように重ねられた。
パチンと名前が指を鳴らすともうそこに隠れていた森は見えない。
代わりに見えるのは家や車といったマグルの世界だった。
きっと此処はもうリトル・ウィンジングなのだろう。
犬に変身して辺りを見渡してみるが、手掛かりは見当たらない。


「私は一緒に探してあげられないけど、貴方なら大丈夫よね、黒犬さん」


返事の代わりに一度吠えると頭を撫でて名前が姿を消した。
ハリーはどれ位大きくなっているだろうか。
一目でもハリーの姿を見られる嬉しさで一杯になる。
とりあえず何日か隠れられそうな場所を探さなければならない。




(20140419)
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