悔しい、憎い、後悔、とにかくそんな感情以外は浮かばない。
あの時俺が秘密の守人のままで居れば、ジェームズ達は助かった筈だ。
追い詰めた時のあいつの怯えた顔が浮かぶ。
俺は、どうしてこんな所に居るのだろう。
頭を掻き毟った瞬間、コツンとヒールが床を打つ音がした。


「久しぶりね」

「お前…は、」

「忘れちゃった?」


クスリ、と笑う顔は記憶にあるそのままの顔。
周りが忘れてしまっても何故か俺だけ覚えていた。
一年間周りをウロウロしていた悪魔。


「名前」

「覚えててくれて嬉しいわ」

「今更何の用だ?」

「やだ。恐い顔しちゃって。まあ、此処じゃなんだし」


そう言ってパチンと指を鳴らすと周りがアズカバンからいつか見た屋敷へと変わった。
名前はいつの間にかワイングラスを片手にソファーに座っている。
手招きをされるままに向かい側のソファーに座るとワイングラスが現れた。
受け取る為に伸ばした手を見て自分の姿を思い出す。
アズカバンに居る間にかなり汚れてしまっている。


「ああ、別に汚れるのなんて気にしないわよ。幾らでも綺麗にしてくれるし」


指差した先を見ると小さなゴブリンに似た生物が飛び上がった。
そして慌てたように数匹固まったまま走り去っていく。
グリンゴッツのゴブリンに似ているがゴブリンより小さい。
名前に目を戻すとちょうどワイングラスが空になるところだった。


「さて、何の用かって話だったわね」

「ああ」

「顔を見に来たの。だってシリウスったら困っても私を呼んでくれないんだもの」

「は?」

「言ったわよね?困ったら呼びなさいって」


確かにあの日、この屋敷の何処かの部屋でそんな事を言われた事を思い出す。
名前の存在は覚えていたがそんな事はすっかり忘れていた。
酷い酷いと拗ねる名前を見ると体からがっくりと力が抜ける。
そういえば、あの時何でもすると名前は言った筈だ。


「じゃあ、あいつを…ピーターを此処に連れて来い」

「無理」

「何でもするって言っただろ?」

「出来る事と出来ない事があるのよ。そりゃ居場所はちょっと探せば直ぐ解るけど」

「じゃあ、ジェームズとリリーを、」

「生き返らせるなんて無理よ。それが出来るのはお空に居るあの人だけね」


そう言っていつの間にかそこに置れていたチョコレートを摘む。
何でもすると言ったのに、名前は出来ない事があると言う。
不満が顔に出ていると指摘されても、反論の言葉を発する気にもならない。


「あそこに入る前なら、助けてあげられたけど、今出来る事は…そうね、偶にこうして顔を見に来る位?」

「ふざけんな!」


立ち上がった瞬間にワイングラスが落ちて服を濡らす。
ワイングラスが割れた音がしないのはこのふかふかな絨毯のお陰だろう。
足の動くまま名前に近付いて細い首を掴む。
力を加えても平気な顔をしている様子に背中がゾクリとする。
名前の白い手が添えられる、自然と手の力が抜けていく。
逆に手を掴まれたと思ったら名前の瞳がサッと赤くなった。
久しぶりに見たこの瞳に焦りが募っていく。


「じゃあ、ピーターを連れて来てあげるわ。その代わり今までの人間関係を全て切って私の眷属になるのよ。それでも良いの?」

「…それ、は」

「嫌なら諦めなさい」


ポイッと捨てるように手を離されて興味を無くしたように顔も逸らされる。
途端に置いていかれたような気分になって名前の手を追い掛けて掴む。
目の前に居るのは人間ではなく悪魔だと解っているのに、何故か安心する気持ちがある。
此処がアズカバンじゃないからか、久しぶりに自分以外の熱に触れたからか。


「名前、あの約束は、まだ有効だろ?」

「勿論」

「今度は、呼ぶ。その時は俺を必ず助けろ」

「ふふふ、解ったわ」


じゃあ座って、と言われ名前の横に腰を下ろす。
差し出されたワイングラスを受け取って一気に飲み干した。


「ハリーは…ジェームズとリリーの子はどうなった?」

「親戚に預けられたらしいわ」

「じゃあ、無事なんだな」

「此処。傷が残ったらしいけどね。女の子じゃなくて良かったわよねぇ」


額を指差しながらそう言った名前の言葉に息を吐く。
ハリーが無事ならば、それは良いニュースだ。
ハリーは魔法界で英雄と呼ばれ、そしてそれを喜ぶだろう。
親戚がどういう人物かは知らないが元気に育ってくれたら良い。
成長を見られないのは、残念ではあるのだが。


「他に聞きたい事は?」

「あー…いや、無い」

「ふぅん?じゃあ一つだけ教えてあげる。あの気持ち悪いやつらだけどね」


そう言いながらいつの間にか着ていた真っ黒なローブのフードを被る。
顔が半分隠れてしまうような大きなフードで赤い唇が妙に印象的だ。
ディメンターの事だと理解して頷いてみたが名前に此方が見えているのか。


「あいつらは人間の感情なら読み取れるのよ」

「そんな事知ってる」

「じゃあ、大丈夫ね。貴方なら」


貴方の部分をやけに強調する名前に首を傾げる。
ふふふ、と笑って名前が指を鳴らすともうそこはアズカバンの独房だった。
スカートの短い貴族服とアズカバンの独房がとても似合わない。


「じゃあまた来るわね、黒犬さん」


そう言い残して名前はあっという間に姿を消す。
同時に名前の言いたい事を理解して口角が上がった。




(20140416)
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