最後に教科書を放り込んでトランクを閉める。
休暇に帰らない分、この作業が面倒だった。
ベッドに腰を下ろし、足元の方に寝転がる名前を見る。
俯せの状態で何やら本を読んでいて足はゆらゆらと揺れていた。
此処に名前が居る事には最早驚かない。
本を読んで大人しくしていてくれるなら充分だ。
ニヤニヤしながら此方を見るジェームズは勿論気にしない事に決めている。


「そういえば、お前夏休みどうすんだ?」

「何言ってるの。貴方と同じ所に帰るわよ」


名前の言葉に首を傾げそうになって同じブラックだという事を思い出した。
今はジェームズもリーマスもピーターも居る寮の部屋。
深く考えず聞いてしまった事を少しだけ後悔する。
まさか夏休みは家で過ごさないだろうと思っただけなのだ。
どれくらいの広さかは知らないが、家があるし。


「ふふふ、眉間に皺」


ちょん、と伸びてきた人差し指が眉間に触れる。
その人差し指を掴むとサッと瞳が赤くなった。
やばいと思って手を離したのに逆に白い手に掴まれる。


「良いのよ、別に私の屋敷に来て貰っても」

「行かねえよ」

「家に居たくないんでしょ?」


確かに家には居たくないが悪魔の家に転がり込むのもどうだろう。
それこそ寝ている間に色々とされそうな気がする。
今だって本気を出せば色々と出来るのだろうが。
ホグワーツの生徒に手は出せないらしいから、そんなに心配ではないけれど。
それでもやっぱり悪魔の家には行かない方が良いに決まっている。


「とびきりの部屋を用意してあげるわよ」

「要らねえって」

「ふふふ、気が変わったら来てね」


瞬きをした瞬間、寮の自分の部屋に居た事を思い出した。
そして今まで本を読んでいた名前の姿は無くなっている。
それをジェームズもリーマスも不思議に思っていない。
必死でトランクに荷物を詰め込んでいるピーターは別として。




一年に一回の帰りの汽車はいつだって憂鬱だ。
このままずっと走り続ければ良いのにと思う。


「リリー!君さえ良かったら夏休みにデートしないかい?」

「お断りするわ。通してくれるかしら?」

「このまま僕等と座るのはどう?シリウス達が邪魔だって言うんなら直ぐ追い出すよ!」


何を勝手な事を、と思うが受け入れられる訳も無くエバンズは去っていく。
それを追い掛けるジェームズと入れ違いでリーマスが入ってくる。
向かい側に座ると本を開き、あっという間にコンパートメント内は静かになった。
眠っているピーターを起こしても良いが、そんなに面白くなるとは思えない。
ああ、つまらない、と欠伸をした事によって出てきた涙を拭う。


ふわふわと体が浮いているような感覚に襲われる。
少し気を抜くと落ちてしまいそうな。
不意に頭を撫でられて重い瞼を持ち上げる。


「あら、おはよう」

「…お前か」

「名前呼んでくれたって良いじゃない。最後なんだから」


さいご、さいご、と頭の中で繰り返す。
最後だと結びついた瞬間一気に目が覚めた。
ホグワーツ特急に居た筈なのに、ベッドの上に居る。
そして頭の下にあるのは枕ではなく名前の足だった。


「最後ってどういう事だ?」

「此処は何処?じゃないのね」

「どうせお前の家だか屋敷だかだろ」

「正解」


ふふ、と笑って名前の手がまた頭を撫でる。
それが心地良いと感じてしまうなんて。
それよりも今は最後という言葉の方が気になる。
体を起こして今まで頭を撫でていた手を掴む。


「最後は最後、なんだけど」

「どういう事だ」

「残念だけど、一年間だけって約束なのよねぇ」

「は?最後って、もう学生は終わりか?」

「そうよ。寂しい?」


こてんと首を傾げる名前は穏やかに微笑んでいて、いつもと違う事を嫌でも感じさせられる。
もしかしたらまた俺をからかって遊んでいるだけなのかもしれない。
なんと言っても悪魔は面白おかしく生きている。
でも、じゃあ、この静まる事のない胸騒ぎは一体何なのだろう。


「お前は、勝手だな」

「悪魔だもの」

「別に、お前の好きにしたら、良い」

「引き止めてくれないのね」


一瞬しゅんとした名前は直ぐにまた微笑みを浮かべた。
伸びてきた腕が頬をするりと撫でる。


「あのね、シリウス、私貴方の事本当に気に入ってるのよ」

「聞き飽きた」

「最後まで聞きなさい」


頭の後ろに手が回され、そのまま引き寄せられた。
抵抗する隙もなく名前の赤い唇が触れる。
離そうと名前の肩を押してみてもビクともしない。
触れるだけなら良かったのに、舌が入り込んでくる。
いや、触れるだけも良くはないのだけれど。


「ふふ、ご馳走様」

「て、め…ふざけんな」

「あら、無理矢理押し倒しちゃっても良いのよ?」


冗談じゃない!と怒ったのにも関わらず名前は微笑んだまま。
白い指が唇を撫で、そのまま頬を撫でる。
時折頬に触れる黒い爪が擽ったい。


「本当に困ったら私を呼びなさい」

「は?」

「あ、ただし卒業してからね。その時は助けてあげるから」

「別にお前の助けなんか」

「良いから。何でもしてあげるわ」


良いわね?と念を押すように言われて思わず頷いてしまった。
満足そうに笑った名前はまた頬を撫で始める。
すると段々と瞼が重くなってきた。
この感覚は前にも体験した事がある。


「バイバイ、シリウス」


これが最後に聞いた名前の言葉だった。




(20140405)
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