何故か急に行かなきゃならないという気持ちになって校庭まで降りてきた。
忍びの地図も透明マントも無いのに途中で見つからなかったのはきっと名前が何かしたに違いない。
早朝だというのに眠くもないし寒くもないし目の前にリーマスを横抱きしている名前が居るのが何よりの証拠だ。


「あら、来てくれたの?」

「お前が呼び出したんだろ。解ってんだからな」

「ふふふ。はい、リーマス」

「え?ちょ、待て」


リーマスを渡され、突然の事によろける。
俺より身長が低いとはいえ一人の男。
そんなリーマスを名前は軽々と抱き上げていた。
中身は悪魔だと解っていても何だか複雑な気持ちになる。


「チョコレートにね、ちょっとした魔法を掛けてあって、暴れない代わりに体力の消耗が激しいのよ」

「チョコレート?何の話だ?」

「今のリーマスの状況の話。だからさっさと医務室に運んだ方が良いわよ」


そう言って名前が指を鳴らすと担架が現れた。
とりあえずその上にリーマスを寝かせる。
運ぶ為に杖をポケットから取り出して顔を上げると名前はもう居なかった。
担架を出せるのだから、医務室まで運べば良いのに、なんて思いながら杖を振る。




夕方医務室から帰ってきたリーマスは眠いからと言って早々と部屋に引き上げた。
確かにいつもよりも明らかに顔が眠そうだったし、足取りも覚束ないように見えた気がする。
今朝名前の言っていたチョコレートのせいなのだろう。


「リーマス、よっぽど疲れたのかな?」

「でも、新しい傷は、無いように見えた、よ」

「そうなんだよねぇ。やっぱり何としても行けば良かった…どうして寝ちゃったかなぁ」


そう言ってジェームズは大きく溜息を吐く。
確かに昨日は満月の夜を一緒に過ごさなかった。
アニメーガスになってからはずっと一緒だったというのに。
罰則を終えて寮に戻って来た瞬間、眠ってしまった。
俺だけではなくジェームズもピーターも。
睡眠薬を飲んだ覚えは無いからもしかしたら名前の仕業かもしれない。
そういえば、前にもリーマスに何やら薬を渡していたし。


「でもOWLと被らなくて良かったよ」

「うん、そうだね!」

「一生懸命勉強してたからな」

「そうだね。じゃあ、ピーターの勉強の続きを始めようじゃないか!リリーに僕の優しさを見て貰うんだ!」

「お、お願いします!」


任せなさい!と胸を叩くジェームズに心の中で溜息を吐く。
OWLは面倒だと言う割にやたらピーターの勉強に付き合っていると思ったら。
まあ純粋に困っているピーターを助ける気持ちも勿論有るのだろうが。
ジェームズ・ポッターはそういう人間だ。
俺も教科書でも捲っていようかと思った瞬間、ジェームズがあと声を上げて髪をくしゃくしゃとし出す。


「やあリリー!今ピーターの勉強を見てるんだ。良かったら一緒に、」

「ブラック」

「俺?」


ジェームズなんて居ないかのようにエバンズは真っ直ぐ俺を見ている。
何かを言おうか辞めようか迷っている様子で、先を促すと一度小さく頷いて顔を上げた。


「名前がスリザリンの上級生に連れて行かれてしまって…貴方には言わないでって言われたのだけど、やっぱり心配で」

「それ、相手は一人か?」

「声を掛けてきたのは一人だったわ。ただ、名前が貴女達って言っていたから、複数だと思うの。名前は一応ブラック家の人間だから、言うなら貴方かと思って」

「解った。ちょっと行ってくる」


立ち上がるとエバンズが案内を申し出たけれどそれを断り、忍びの地図を手に寮を出る。
人気の無い所で名前の名前を探すと空き教室にそれは見つかった。
エバンズの言っていた通り数人に囲まれている。
普通の人間ならば囲まれている方が危ないのだが、この場合は囲んでいる方が危ない。
どうして連れて行かれたのかは解らないが、とりあえず早く駆け付けなくては。




目当ての空き教室まで来た時には既に名前一人だった。
ローブは破れているし、ネクタイは切り刻まれていて全身は濡れている。
そして長い髪は今は何処にも無く、肩の辺りでバラバラに切られていた。


「あら、リリーったら話してしまったのね。いけない子」


俺に気付くとそう言ってクスリと笑う。
思いもよらなかった光景に止まってしまっていた思考が動き出す。


「お前、どうしたんだよ、それ」

「ああ、これ?少しお遊びに付き合ってあげただけよ。やる事が中途半端よね」

「平気なのか?怪我とか、」

「まあ!心配してくれるの?シリウスがキスしてくれたらあっという間に治るわ!」


パン、と手を叩いて喜ぶ名前に足の力が抜ける。
そのまま床に座り込んで溜息を一つ。
そうだ、外見はこんなのでも名前は悪魔だ。
ただ、余りにも酷い見た目にその事が飛んでしまっただけ。
してくれないの?と覗き込んでくる名前の頬を抓る。


「しねえよ」

「えぇーつまんなーい!」

「怪我してねえんだろ?」

「当たり前じゃない。たかが人間が私に傷なんて付けられる訳無いわ」

「ほら、やっぱりな」


瞬き一つの間に名前の格好は何も無かったように元に戻っていた。
ローブもネクタイも髪の毛も全て。


「で、何で連れて行かれたんだ?」

「私がブラックなのが気に入らないんですって」

「純血主義の奴らか」

「さあ、それは知らないけど。偶には遊んであげようと思ったんだけど、余りにもつまらないから帰って貰ったわ」


思い出したようにクスクスと笑う名前は気が付けば出て行こうとしていた。
追い掛けて隣に並ぶとまたクスリと笑う。
つまらないと言う割に機嫌が良さそうに見える。
まるで鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。


「そういえば、聞きたい事があるんじゃない?」

「素直に答えるのか?」

「内容によるけど、今機嫌が良いから特別に答えてあげるわ」

「じゃあ、チョコレート」

「朝教えてあげたと思うけど?」

「何で用意した?」

「頼まれたから。誰かは…な・い・しょ」


つん、と名前の指に唇をつつかれる。
素直に答えると言っておきながら、結局はこれだ。
溜息を吐くのも嫌になって大きく息を吐く。


「でも、せっかくシリウスが心配して来てくれたから、教えてあげようかな。私はホグワーツの生徒に手は出せないの」

「は?」

「前に言ったでしょ?そういう契約なの」

「聞いたな。誰と、っていうのはまた教えてくれないんだろ?」

「正解!」

「俺に充分手を出してると思うけどな」

「あら、これは別だわ。何も言われないし、楽しみがなくちゃやってられないじゃない」


ね?と首を傾げる名前の頭を撫でると本当の人間の女のように喜び出す。
名前の相手もそんなに悪くないと思ってしまうから、慣れというのは質が悪い。




(20140131)
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