気持ち悪くて体が重くて仕方無い。
毎月の事だけど、毎月嫌で堪らない満月。
一人で怯えていた昔とは違う。
理解して、こんな僕の為に法まで犯してくれた親友が三人も居る。
それでもやっぱり満月は嫌いだしいつバレるかと気が気じゃ無い。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「少しでも、食べておかないと」


おろおろするピーターの言う通りなのは解ってる。
それでも気持ち悪くて手を伸ばす気にならない。
紅茶にいつもと同じ量の砂糖を溶かしてみたけどそれも手付かずのまま。


「此処、良い?」

「あ、名前。うん、勿論だよ」

「有難うピーター」


にっこりと笑って向かい側に座った名前は紅茶をカップに注ぎ、サラダを取り分け始める。
ぼんやりとそれを見つめながらまた砂糖を紅茶に落とした。
甘くすれば飲む気になるかもしれない。


「リーマス、調子悪そうね?」

「うん、ちょっと、ね」

「そう…それでピーターが心配そうな顔してるのね」

「う、うん。そうなんだ。リーマスが、食欲無いって、言ってて」


サラダを咀嚼していた名前は飲み込むとそれは大変、と呟いた。
でしょうとしょんぼりするピーターは偶に忘れているんじゃないかと思う事がある。
でも純粋に心配してくれるピーターの存在はやっぱり嬉しいと思うのだ。
何か考えている様子の名前に、横で俯くピーター。


「あ、そうだわ。チョコレートがあるの。これなら食べられるんじゃない?」

「チョコレート?」

「そう。オリオンさんが送ってくれたの」


ふふふ、と嬉しそうに笑う名前の差し出したチョコレート。
どうしようかと悩みながらもチョコレートならと一粒貰う。
口の中に広がる甘さはいつもと違う甘さ。
自分で買う物とは違う、名前がいつもくれる高いチョコレートの上品なもの。


「食べられそうなら全部どうぞ」

「でも、これは名前のだし」

「実はね、それは元々リーマスにあげる物だったの」

「え?」

「いつもお世話になってる友達にあげたいって言ったら二つ送ってくれたのよ。だから遠慮しないで食べて」

「よ、良かったね!リーマス!」

「…うん、有難う」


もう一つ口に入れて甘さを堪能する。
先程まで気持ち悪くて仕方無い筈だったのに、今では不思議と平気だ。
チョコレートのお陰か、名前とピーターの優しさのお陰か。




段々と明るくなっていく薄暗い景色はすっかり見慣れた物だった。
気分は相変わらず最悪だったけど、今月も無事に終わったと安堵する。
何故か暴れずには済んだようだったけれど全身はもう動かす事も億劫な程重い。
天井をジッと見つめて何度か息を吸ったり吐いたりする。
ああ、ちゃんとホグワーツに戻れるだろうか。


久しぶりに叫びの屋敷で一晩を過ごした。
申し訳無さそうに罰則を受けたと話す親友達の顔を思い出す。
ピーターなんて今にも泣いてしまいそうな顔だったし、いつもは自信たっぷりなジェームズも気まずそうにしていたし、シリウスなんてそわそわとして目を合わせようとしていなかったっけ。
三人は罰則が終わったら来てくれると言ってくれたけど、大丈夫だと一人で此処に来た。
ただでさえ罰則を受けているのに出歩いているのがバレたらもっと大変な事になってしまう。
地図があるから大丈夫だとは思うけれど用心するに越した事はない。
ふふ、と思わず笑いが込み上げて来て、同時に何故だか泣きそうになる。
三人と出会えて友達になれた事は今まで生きてきた中で一番幸せな出来事だ。
いつまでも、いつまでも、三人と一緒に過ごしていたいと思う。


「幸せだ」


心の中にある言葉を声に出してみると目から涙が零れた。
力が抜けてしまって落ちた腕を何とか動かして涙を拭う。
でも笑いたくて仕方無くて、心の中はぐちゃぐちゃだ。
瞼も重いし、少し眠ってからホグワーツに戻ろう。
それなら泣いていた事だってバレないだろうし。


そう思って瞼を閉じかけた時足音が聞こえた。
誰か来たのかと重い首をゆるゆると動かす。
編み上げブーツが目に入り、そして短いスカートが見える。
黒い髪に白い肌、そして茶色の瞳。


「名前?」

「あら、私が見えるの?」

「え?どういう、」


言葉を遮るように名前の手が額に当てられる。
余りに冷たくて驚いたけれどそれが気持ち良かった。
ゆっくりと頭を持ち上げられて、気が付けば名前の膝の上だった。
驚いて退きたくなってしまうけど、体が動かない。
それに逃がさないと言っているように頭に手が添えられた。
もう片方の手は相変わらず額に添えられている。
瞼がもう殆ど開かないから、名前の表情は解らない。


「眠いんでしょ?少し寝たら良いわ」

「名前」

「ん?なぁに?」

「僕の事、知ってるの?」

「あら、貴方はリーマスでしょう?」


そうじゃなくて、と言葉に出来なかった。
名前が知らないならバラしてしまう事になる。
もし知っていたとしても名前なら言わないような気がするのだ。
絶対という信頼がある訳では無い。
何となくというか、ただそんな気がする。


「ほら、無理をしないで寝なさい」

「うん、ごめんね」

「気にするのなら早く元気になるのね」


まるで小さな子供にするように名前の手が頭を撫でた。
ふわふわとして、気持ち良くて、どんどん眠気が増していく。


「おやすみ、リーマス」


その名前の声が聞こえたのを最後に意識が夢の中へと沈んでいった。




(20140107)
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