「まーったく、面倒だよねぇ。五年分の勉強なんて」

「ああ、全くだ。必要もねえだろうに」

「そう言える君達の方が少数だと思うけど」


そうか?と首を傾げると全く同じタイミングでジェームズも首を傾げた。
リーマスはそんな俺達を真っ直ぐ見て大きな溜息を吐く。
今は呪文学の時間でOWLの為にと今まで習った呪文を復習中だ。
あちこちで呪文を唱える声がするし、色々な物が飛び交っている。
勿論フリットウィックも飛んでいたりクッションに跳ね飛ばされたり。


「まあ、君達以外にもう一人余裕そうな人は居るけどね」


チラリとリーマスが見た先にはエバンズと並んでいる名前の姿。
杖は振っているけれど口が全く動いていない。
それをリーマスは余裕だと捉えたらしいが、そもそも名前は呪文なんか無くても魔法が使える。
杖だって要らないし、息をするようにとんでもない事をしてしまうのだ。


「そういえば、名前がリーマスの事お姫様って呼ぶんだけど、何でか知ってるかい?」

「ああ、それ僕も気になってたんだ。お姫様じゃないよって言ったんだけど」

「名前、リーマスは捕らわれだったお姫様って、言ってたよ」


顔の筋肉が引き攣ってしまう。
ピーターには捕らわれだったとまで伝えているなんて。
クスクス、と笑う声が聞こえたような気がして顔を上げる。
すると此方を見ていた名前の唇が弧を描いた。
それも一瞬の事で、直ぐにエバンズと会話を始める。
ああ全く、悪魔というのは耳が良いようだ。


「俺は知らねえ」

「ふーん?シリウスなら知ってると思ったんだけどなぁ」

「本人に聞きゃ良いだろ。それよりエバンズがこっち見てるぞ」

「え?本当だ!リリー!」


名前を呼びながら手を振るジェームズをエバンズは眉を寄せて睨む。
相変わらずの反応に、相変わらずのジェームズのプラス思考。
どこをどうしたら照れているように見えるのか教えて欲しいような教えて欲しくないような。
とりあえず呪文の一つでも唱えておくか、と未だ綺麗な教科書を捲った。


最近の授業はどれも退屈で座学ともなるとつい眠ってしまう。
欠伸のせいで滲んだ涙を拭いながら教室を出ると幾らかスッキリしたような気がする。


「あーあ、早くOWL終わんねえかな」

「本当だよ。授業が復習ばっかりで、空気もピリピリしてるし…勉強中の皆を見てるとつい悪戯したくなるし」

「最低ね。行きましょ名前」


突然聞こえた声にジェームズは慌ててエバンズを追い掛け始めた。
違うんだ、誤解だ、と訴える声が段々遠ざかっていく。
またエバンズの中でのジェームズの評価は下がったに違いない。


「あ、今名前が居たんだから聞けば良かった」

「僕、後で勉強教えて貰う約束してるよ」

「本当?じゃあ、ピーターに聞いて貰おうかな」

「うん、良いよ。教えて、くれるかなぁ」


教えてくれなかったらどうしようと落ち込むピーターの肩を叩いてやる。
あの悪魔は気紛れだから、気分が良ければ教えてくれるだろう。
名前が悪魔だという事はピーターは知らないし、見返りだって要求しない筈だ。
それに引き換え俺にはキスしようだの眷属になれだのしつこく誘ってくる。
鬱陶しいと思っていた筈なのに最近では余り気にならなくなったのはやはり慣れだろうか。




目の前の現状にうんざりとした気分になる。
夕食を済ませて談話室に戻ろうとした矢先の出来事。
呼び出しの手紙が届き、気が向いたから足を運んだらこれだ。
中庭の隅に女が一人、そこから離れた場所に二人。
隠れているつもりらしいが丸見えだった。


「シリウス、貴方が好きなの」

「ふぅん」

「それだけ?」

「悪いけど、俺そういうの興味ねえから」


どうせこの女だってブラックの名前目当てだろう。
ローブの緑色で大体予想は出来ていた。
俺はブラック家なんて興味も未練も無い。


「そう言うと思ってたわ。本当はこんなの使いたくなかったんだけど」


その言葉にハッとして後ろへ飛ぶと、今まで立っていた場所に呪文がぶつかり地面が割れる。
何の呪いだ、と考えながら杖を握ると目の前の女に少し焦りが見えた。
武装解除するのが良いか、失神させるのが良いか、どちらが有効だろう。
離れた場所に居る二人の存在も無視は出来ない。
女から目を離さずにいると突然三人とも背中を向けて歩き出した。
何も呪文は唱えていないし、反応から見て本人達の意思では無い。


「モテモテねぇ、シリウス」


クスクス、と聞き慣れた笑い声がして、発信源を辿ると木の枝に座っている名前が居た。
ひらりと飛び降りた名前はまるで重力なんて無いかのように軽く、羽根のように着地する。
あの三人を帰らせたのは間違い無くこの悪魔だろう。


「良いの?あの子、本当にシリウスの事が好きみたいだったけど」

「別に。そんなの関係ねえよ」

「そうねぇ、あの子はちょっとお転婆さんよね。でもねシリウス、ブラックの名前関係無く貴方自身が好きって子も居るの。それをちゃんと覚えておきなさい」


白い指がツンと額を突っついて、名前は城へ歩き出す。
どうして今名前はあんな事を言ったのだろう。
覚えておきなさいと言われても、見分ける術なんか持っていない。
置いてくわよ、と言われて何故だか慌てて追い掛ける。
別に置いていかれたところで困る事は無いのに。


「悪魔のくせに、人間を庇うような事言うんだな」

「ふふふ、見直した?惚れ直した?」

「まず惚れてねえんだけど」

「シリウスったら恥ずかしがり屋さん!」

「…どうしてお前はいつもそう」


ドッと疲れが押し寄せてきたような気がする。
溜息を吐いてただひたすら寮を目指す事にした。
絡みついてくる名前の腕を引き剥がすのも億劫。
悪魔の気紛れは今に始まった事じゃない。




(20140107)
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