シリウスと向かい合って名前の話をしていた筈なのにいつの間にかシリウスが消えている。
此処は間違いなく談話室で、先程まで座っていた場所なのに、書きかけのレポートも無くシリウスも居ない。
ただ変わらず暖炉の火だけは燃えて談話室を暖め続けている。
そういえば、シリウスが何かをしていたような気がするのだけど、何だっただろうか。
まるで記憶に靄が掛かったようにハッキリしない。
もしかしたら夢でも見ていたのだろうか。


「シリウス?」


呼んでみても返事は無く、シリウスが居ない事がハッキリした。
これが夢なのか、シリウスと居た方が夢なのか。
突然液体の流れる音がして振り返ると誰かが人が座っていた。
貴族服なのに丈は短くて膝まである編み上げブーツを履いた足を組み、頬杖を付いて此方を見ている。
長い黒髪に茶色の瞳だったならば彼女は名前だと言えるけれど、目の前の彼女の瞳は赤色。
綺麗だと思う反面、何故か恐ろしさを感じて唾を飲み込んだ。


「こんにちは、リーマス」


そう言って赤い唇が綺麗な弧を描く。
その声はやはり名前の物に間違いない。
何故目が赤くなっているのだろう。
それに、纏っている雰囲気がいつもと違う。


「名前、目が赤いよ」

「ああ、そうね。これで良いかしら?こっちに来て座ったら?」


名前が瞬きをすると赤かった瞳は元の茶色へと戻った。
そして名前が一回手招きをしただけで身体が勝手に動く。
ソファーに座らされると目の前にゴブレットとチョコレートが出てきた。
ゴブレットの中身はどうやらココアらしく、甘い香りがする。
向かい側に座っている名前の手には中身の入ったワイングラス。


「一度貴方とお話がしたかったの。良い機会だから、シリウスに手伝って貰っちゃった」

「話なら、別にシリウスに手伝って貰わなくても」

「だって、貴方が人狼だって話は二人きりが良いじゃない?」


ね?と首を傾ける名前は無邪気に笑う。
ドクンドクンと心臓がまるで耳元にあるみたいだ。
誤魔化そうと何の話?と言ってみたものの、声は震えている。
きっと名前にはバレバレだろう。
でも認めてしまう訳にはいかなかった。


「隠さなくて良いのよ。まあ、隠したって解るんだけど」

「解る…?どうして?」

「私、悪魔だから」


悪魔、という単語に突然ジェームズの言葉を思い出す。
忍びの地図に表示されなかった名前の名前。
シリウスが見ていたと差し出された悪魔の本。
そして廊下で名前に人狼の事は詳しいかと聞かれた事。
忘れていたという事すら、忘れていた。


「今だけ、返してあげる。面倒だからねぇ」

「…名前が、悪魔だとして、今の僕の記憶は、」

「そう、私が消してたの」

「どうし、て?」

「ふふふ、大した理由じゃないわ」


大した理由も無いのに記憶を消されるなんて、と思わなくもない。
けれど名前が悪魔だというなら名前・ブラックとはどういう事だろう。
それに、今返ってきたというらしい記憶ではシリウスが突然見えない誰かと話し始めていた。
あの時確かに名前と名前を呼んでいたという事はシリウスはこの事を知っている。
名前はグラスを机に置くと真っ直ぐに僕の方を見つめた。


「ねえ、もし、普通の人間に戻れるって言ったら貴方はどうする?」

「何言って…そんなの出来る訳、」

「出来るのよ、私なら」


突然の名前の言葉はやけに近くで聞こえる。
そして響きはとても甘い。
普通の人間に戻れるならと何度思ったか。
それを今名前は出来るのだと言った。
戻れるならば、勿論戻りたい。


「そうよね、ジェームズにシリウス、ピーターに迷惑掛けなくて済むし」

「え?」

「両親にアルバス、色々な人に気兼ねする事無く生活が出来るわ」

「名前、僕の心、読んでる?」

「言ったじゃない、悪魔だって」


話しながら目の前まで来ていた名前の足が止まった。
ソファーに膝を乗せ、ぐっと顔を近付けられるけれど、背凭れに邪魔をされて逃げられない。
名前の手が頬の傷を撫でるついでとばかりに黒く長い爪が引っ掻いていく。


「どうする?私はどっちでも良いけど」

「そりゃあ、戻りたいけど」

「なら、そう望めば良いわ。叶えてあげる」


本当に、普通の人間に戻れるのだろうか。
何も気にする事無く普通の学生としての生活。
それは喉から手が出る程望んだ物。
何度も羨ましいと思ったか解らない。
それが手に入るのなら、悪魔の手を借りても良いだろうか。
ダンブルドアでさえどうにも出来ない呪い。
リーマス、と囁く声はまるで愛を囁いているように甘く響いた。


「名前、本当に僕を戻してくれるの?」

「ええ、勿論。悪魔は嘘を吐かないの」


にっこりと笑った名前にお願いをしようと口を開く。
これで親友達のように学生生活が送れるのだ。
望んだ物が、諦めていた物が目の前の名前に願えば手に入る。


「リーマス!」


扉を蹴るような音に振り向くと何故か怒っているシリウスが居た。
早足で近付いて来て名前を睨み付ける。
そんなシリウスを見ても名前は楽しそうに笑顔を浮かべた。


「早かったわね、シリウス。王子様の登場ね。リーマスは囚われのお姫様ってとこかしら」

「今すぐ俺達をホグワーツに戻せ」

「もう、怒ると綺麗な顔が台無しよ」

「早くしろ」

「はいはい。ほんの冗談なのに。ごめんねリーマス」


話について行けず首を傾げていた僕の頭を名前の手が撫でる。
どういう事か聞きたいのに、声が出て来ない。
何故か段々眠くなってきてゆっくりと瞼を閉じると意識を手放すのはあっという間だった。




何か怒っている声が聞こえて重い瞼を持ち上げる。
まず視界に入ってきたのはやりかけのレポート。
そして楽しそうにしている名前と機嫌の悪そうなシリウス。


「おはようリーマス」

「僕、寝てた?」

「ええ、寝てたわ。本当は寝かせてあげたいんだけど、課題終わってないみたいだから」

「うん、起こしてくれて有難う」


欠伸を噛み殺して羽根ペンをインク瓶に浸した。
レポートはまだ半分書き上がった程度。


「…お前、覚えてねえの?」

「何を?」

「いや、覚えてないなら、良い」


何かシリウスと約束をしていただろうか。
少し考えてみたけれど特に思い付かない。
クスクス笑う名前に課題は良いの?と言われてハッとする。
そうだ、早く課題を仕上げなければ。




(20131204)
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