「待って…待って下さい兄さん!」


何度目か解らないその言葉に足を止めた。
俺よりも小さな体で必死にこっちに向かって歩いてくる。
歩幅が違えば距離は開くばかりで縮む事は無い。
レギュラスが追い付くのを待って、追い付いたと確認すればまた歩き出す。
やっぱり俺の方が進むのは早くてまた距離は開いてしまったが。


声が聞こえない事に気付いて振り返るとちゃんと姿は見えた。
ただ歩こうとはしなくて、仕方無く戻ると俯いていて肩が震えている。
戻ってきた俺に気付いたのか顔を上げて小さく兄さんと言った声はやはり震えていた。
ポロポロと零れる涙に焦りを感じてレギュラスの頭を撫でる。


「おい、泣くなよ」


しがみついてきたレギュラスを宥めて今度は手を繋いで歩き出す。
いつも母親に大事に大事にされているレギュラスの手はとても小さい。


「あら、貴方達、二人だけでお出掛けなの?」


突然声を掛けてきたのは、見た事の無い女の人だった。
家の中に居るという事はきっと父親か母親の客なのだろう。
そういえばクリーチャーがチョコレートを作っていた。
あのチョコレートはこの人の為に作られた物だったのかもしれない。
ふわりと首元のスカーフととても短いスカートの裾が揺れた。


「外は寒いわ。その格好じゃ風邪を引いてしまうわよ」


何も答えない俺を気にする事無くその人はそう言って指を鳴らす。
するといつの間にか俺にもレギュラスにもマフラーが首元に巻かれていた。
素直にお礼を言うレギュラスの声に慌てて俺もお礼を言う
行ってらっしゃい、と笑ったその人の目が光の加減なのか一瞬赤く光ったのを今でも覚えている。




瞼を開けばそこは見慣れた寮にある自分のベッドの上だった。
あれは今見た夢で、昔実際にあった出来事。
レギュラスは小さい頃俺の後ろをよく追い掛けて来ていた。
ジェームズがリリーと呟く寝言やピーターの鼾が聞こえてくる。
その中に羽根ペンで文字を書く音がしているこれはリーマスだ。
ベッドから抜け出すと手を止めてリーマスが顔を上げる。


「やあ、おはようシリウス。早いね」

「ああ…何か、目が覚めちまって」


腕を上げて伸びをすると幾分か体がスッキリした。
チラリとリーマスの手元を覗くとどうやら魔法薬のレポートらしい。
そういえばまだやっていない事を思い出して思わず顔を顰める。
それを見ていたのか一緒にやるかと誘われたので後の二人を起こさないように談話室へと降りた。


「そういえば、名前の事なんだけど」

「ん?あいつがどうした?」

「名前は、僕の事何か言ってた?」

「何かって?」


チラリとリーマスの目が階段を見て誰も居ないのを確認してから伏せられる。
羊皮紙を見つめたまま恐らく言葉を探しているのだろう。
リーマスの事と言えば、人狼の事が真っ先に思い浮かぶ。
名前はリーマスが人狼だと知っているけれどそれを吹聴したりはしない。
だからそれは違うだろうと思った瞬間、リーマスの口からは人狼という単語が飛び出した。


「最近、名前は気付いてるんじゃないかって思うんだ」

「な、何で?」

「満月の次の日、名前が薬をくれるようになって、傷薬だって言うから塗ったら傷痕が消えたんだよ」


ほら、と差し出された手には確かに以前あった傷痕は見つからない。
変身したリーマスが自分自身に付けた傷はどんな魔法薬でも痕が残る。
気付いているかいないかなら気付いているになるのだけど名前の中身が問題だった。
面白そうに笑う名前の姿が直ぐに思い浮かぶ。
尤も、ゆらゆらと揺れる先の尖った尻尾が付いていそうだ。


「気付いてるかは解んねえけど、名前は皆にバラしたりはしないだろ」

「それはそうなんだけど」

「それに、それ位で名前が好き嫌いを決めるとも思えねえな」


そもそもがリーマスの事をどう思っているか解らない。
それは心の中に留めておいて、羽根ペンを持ち直す。
名前と言えば、夢に出て来たあの見た事の無い女。
どこか似ているような気もするし、似ていないような気もする。


「おはよ」

「うわっ!お前!耳元でいきなり喋んな!」

「ふふ、良い反応」

「いつから居たんだよ」

「んー…今だけど、そんなに普通に話して良いのかしら?」

「は?どういう事、」


名前の指差す先にはポカンとしているリーマスが居て、名前の爪は黒く長く、服装はあの貴族服。
これが本来の姿かどうかは知らないけれど、この姿の時は普通の人間にはどうも見えないらしい。
そして姿が見えなければ声も聞こえない訳で、リーマスは俺が一人で話しているようにしか見えないという訳だ。
咄嗟に言い訳を考えるもなかなか上手く頭が働いてくれない。
クスクスと愉快そうに笑う名前の声がやけに大きく聞こえる気がする。


「あ、や、リーマス、これは、だな」

「シリウス、熱でもあるのかい?それとも寝てる間にジェームズが何か魔法掛けたのかな」

「いや、どっちもハズレだ」


否定してしまった後にこれは失敗だったと気付いた。
リーマスの目がとても、とっても冷たい。
そもそも名前が普通に姿を現せば良い話だ。
なのにいつの間にかチョコレートを摘みながらワインを飲んでいる。
ソファーに足を組んで座り、至極愉快だという表情で。


「どうする?キスしてくれたら、無かった事にしてあげるけど」

「……キスしたいだけだろ」

「やだ、バレちゃった!どうしましょう!」


態とらしいその態度に溜息を吐く。
こうして名前と話している間もリーマスの視線が刺さる。
仕方無くキスだけだと宣言して名前に顔を近付けた。
触れるだけのつもりが名前の手が頬に触れて離れない。
何とか手を退かそうと試みても無理で、入り込んで来た舌にされるがまま。


「ふふ、ご馳走様」

「お前、約束守れよ!」

「勿論よ」


サッと名前の両目が赤くなり、瞬きをすると名前とリーマスの姿が消えていた。



(20131121)
19
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -