「あいつ何処行ったんだよ」


ふらふらと校内を歩いてジェームズを探す。
隣を歩いていた筈なのに、気が付いたら居なかった。
しかも地図はジェームズが持っていたから手元に無い。
エバンズの話を聞き流していたのがいけなかった。
かなり探したのに見つからないのはやっぱり寮に戻ったのか。
面倒だなぁと思っていたら言い争う声が聞こえてきた。


「これ以上近寄らないで。貴女なんかが近寄って良い相手じゃないのよ」

「私もブラックなんだけど」

「貴女は養子じゃない。それに、シリウスは貴女なんかに惹かれたりしないわ」


例えば、全く関係無い言い争いだったら聞こえないフリ。
自分の名前が出ていようが関わる事は面倒なのだ。
でも、責められている人物が人物なので無視出来ない。
こっそり隠れた場所から様子を見ると緑色のローブが見えた。
壁に凭れ掛かった名前に詰め寄っているのは名前の知らないスリザリン生。
確か声を掛けられて相手をした事があったような気がする。
ブラック家がどうの、俺やレギュラスがどうのとよく言葉が出て来るものだ。


「…面倒ねぇ」


ポツリと小さな、けれど俺にはハッキリ聞こえる声で名前が呟く。
その声はスリザリン生には聞こえなかったらしく、相変わらず言葉は続いている。
名前は気が長い方だったか短い方だったか、どちらだろう。
何となく短そうだな、と思い二人の方を見ると名前の瞳が赤く光っていた。
先程まで耳障りな程に聞こえていたスリザリン生の声も今はしない。


「名前、何してんだよ!」

「あらシリウス、来るのが遅いんじゃない?」


慌てて止めようと二人の前に飛び出したけれど名前の瞳は赤いままスリザリン生を見つめている。
大丈夫だろうかと振り返って、感情の無い瞳を見て心臓がドクンと大きな音を立てた。
おい、と声を掛けてみてもピクリとも反応が無い。
触れて良いのかも解らず名前に向き直って白い腕を掴んだ。


「邪魔するの?」

「お前、こいつに何、したんだ」

「別に何も。面倒だからちょっと消えて貰おうと思ってたところだけど」

「駄目だ。今すぐこいつを元に戻せ」

「どうして私が貴方の言う事を聞かなきゃならないの?」


にこり、と微笑む名前に、嫌な汗が背中を流れていく。
微笑んでいるのに瞳は赤く冷たく燃えている。
相変わらず、スリザリン生に向けられたまま。
名前から放たれている言葉に出来ない威圧感に息が苦しくなる。


「シリウスだって邪魔じゃない?この子、ブラック家に取り入ろうとしてるのよ。まあ、貴方と接してる時点でヴァルブルガは気に入らないでしょうけど」

「名前、頼むから…辞めてくれ」


母親の名前とかブラック家とか、嫌悪感を覚える暇も無い。
それよりも名前に頼んで辞めて貰わなければ、と頭の中はそれだけ。
ビクともしない腕を必死で引っ張って、やっと此方を向いた冷たい赤い瞳。
その瞬間にスリザリン生はその場に崩れ落ちた。
それとほぼ同時に名前の瞳が一瞬で茶色へと変わる。


「…あーあ、つまんない。あんな約束しなきゃ良かったわねぇ」

「約束?」

「そうよ、約束」

「あ、おい、こいつは」

「ああ、気絶してるだけ。放っておけば起きるし、なーんにも覚えてないわ」


お腹空いた、と呑気な口調で言いながら名前は歩き出した。
一応息をしているか確認してから名前を追い掛ける。
先程放たれていた威圧感は綺麗さっぱり消えていて、いつものグリフィンドール生の名前だ。

「なあ、約束って何だよ」

「んー?」

「誰とどんな約束したんだ?」

「知りたいの?キスしてくれたら教えてあげる。あ、勿論キスで止まらなくても大歓迎よ」


ふふふ、といつもの様に妖艶な笑みを浮かべる。
がっくりとしてしまって何だか気も抜けてしまった。
料理名を幾つも挙げている名前の頭を撫でる。


「ん?何?シリウスもフルーツタルト食べたいの?」

「頭の中食い物しか無いのかよ」

「まあ失礼ね。でもスイーツは美味しいわよね。ベルギーにでも買いに行ってこようかしら」


ぶつぶつと言い続け、そうすると決めたらしい名前の服はあの貴族服に変わった。
思わず周囲を確認してしまう俺は間違ってはいない筈。
見られたところでこの名前は笑い飛ばして終わりだろうけれど。
先程のスリザリン生みたいにしっかり記憶は消すのだろう。


「寂しいと思うけど、我慢してね?」


名前の唇が頬に触れ、引き剥がそうと手を置いた肩が消えていく。
どの程度時間が掛かるのかは解らないけれどこれで少し静かになるだろう。
悪さをする事も無いから困る訳では無いが、やはり多少は騒がしい。
まあ、ジェームズと過ごしている時間より静かではあるのだけど。


「あ、シリウス!やっと見つけたよ!もう、こんな所に居たのか」

「ジェームズ、お前…それはこっちの台詞だ!地図持ってんだろうが!」

「それがさー、シリウスの名前が見つからなくて」


地図を指でなぞりながら言うジェームズ。
覗き込めば俺とジェームズの名前が並んでいるのが見える。


「あれ?シリウス一人?」

「ああ、一人だけど?」

「名前居なかった?さっきまで名前の名前があったんだけど」

「…気のせいじゃねえか?」


ドキドキと音が早くなる心臓を気付かれないように答えるとジェームズは首を傾げた。
地図を隅から隅まで見る榛色の瞳に倣って同じ様に表示されている名前を辿っていく。
ホグワーツの何処にも名前・ブラックの名前は表示されていない。
ベルギーへ行ったのだから名前が表示されていなくてもおかしくないのだ。


「うーん…地図の調子が悪いのかなぁ?」

「見間違いじゃねえの?」

「いや、でも本当にシリウスの名前は無かったよ。名前が一人で居て、そこに突然君が現れたんだ。ああ、スリザリンの純血さんも一緒にね」


心当たりがあっても言う訳にはいかず、何も言葉が出て来ない。
ジェームズはしきりに地図を見ているけれど名前の名前なんか無いのだ。
もう一度調べようかという言葉に同意すれば納得したのか地図をしまい始める。


「ところで、スリザリンの純血さんと何してたんだい?それとも、名前かな?」

「…ジェームズ、何か言いたそうだな」

「前にも名前が呼び出されてるのを見ただけだよ」

「は?いつ?」

「何回もあるからなぁ」


シリウスには言うなって言われちゃって、と女がやるように小首を傾げた。
呼び出されている度に先程のような事をしていたのだろうか。
でも、知っている限り誰かが消えたなんて話は聞いた事が無い。


「ていうか、言うなって言われてんだから駄目だろ」

「それが、リリーがとーっても気にしていてね、シリウスにどうにかしてくれるように今すぐ言ってきてって頼まれたのさ!」


エバンズが気にしているのは本当だろうが、今までにも言う機会はあった筈。
何よりあのエバンズならジェームズに頼まず自分で言いに来るだろう。
体良く追い払われたのだと気が付いているのか気が付いていないのか。
幸せそうな親友をそっとしておく事にしよう。




(20130917)
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