「ジェームズのやつ!」

「そんなに怒らなくても良いじゃない。私は二人きりで嬉しかったわよ」


感じている怒りのままに睨み付けるとわざとらしく恐いわと怯えたような表情を浮かべる。
心の中では愉快だと笑っているに違いない。
三本の箒で三人を待っていたのに来る気配が無かった。
ずっとこの悪魔と向かい合ってチョコレートの話を聞かされていただけ。


「大体お前も気付いてるなら言え…名前?」


横を歩いていた筈の名前はそこには居なかった。
振り向くとジッと何かを見つめて突っ立っている。
黒い長い髪の上から巻かれた赤いマフラー。
その二つの色が強いせいかいつも白い肌が余計に白く見える。
その横顔は確かに魅力的だった。


「おい、何かあるのか?」

「雪だるま」

「は?」

「雪だるま、大分壊れちゃったわね」


名前の視線の先にあったのはクリスマス休暇に作った雪だるまの残骸。
描いてあった顔ももう全く判別出来ない程雪に埋もれている。
あんな雪だるま位、名前は作ろうと思えば簡単に作れるだろうに。


「残しておきたかったんなら、どうにかしておけば良かっただろ」

「溶けないようにって?そんな変化の無い雪だるま要らないわ」

「壊れるのが嫌だったんじゃねえのか?」

「自然は変わるから綺麗なのよ。春になれば雪は溶けて花が咲くわ」

「…お前でもそんな事言うんだな」


珍しく真剣な顔をして雪だるまを見つめている。
そういえばこんな真剣な顔を見るのは初めてかもしれない。
普段俺に永遠を勧める名前とはまるで正反対の言葉。
この言葉が名前の本心なら、俺の事も冗談だと言ってくれたら良いのだけど。


「もう直ぐ春になるのね」

「いや、まだだろ。クリスマス休暇終わったばっかりだぞ」

「ああ、そうね。シリウス達の時間ではまだ先ね」


クスッと笑って名前は歩き出した。
俺と名前の感じている時間の流れの速さは違うのだろう。
悪魔として生きるというのは俺には想像出来ない。
ただ、周りが変わる中自分は変わらずに生きる。
それは、寂しいのかもしれない。
でも名前は変わらない物は要らないと言う。


「シリウス、置いていくわよ?」


此方を振り返った名前に追い付いてその頭に手を置く。
不思議そうに瞬きをしてから嬉しそうに笑う。
もしかしたら、これも全て騙されているのかもしれない。
でも、先程の真剣な顔は何となく、本当じゃないかと思うのだ。
あくまでも憶測でしか無いのだけれど。




寮に戻って部屋の扉を開けると目をキラキラさせたジェームズが居たような気がした。
思わず閉めてしまった扉を開けると幻覚では無かった事を思い知らされる。
間違い無く、ジェームズの口から出る言葉の中に名前の名前が入っているだろう。


「名前とのデートどうだった?」

「延々とチョコレートの話を聞かされた」

「えぇっ!それだけかい?こう、甘い言葉とか全く無かったっていうの?」

「ねえな。チョコレートが甘いって話ならあったぞ」

「僕が求めてるのはそういうんじゃないよ!」

「知らねえよ!」


思わずジェームズに負けじと大声で返したらリーマスのベッドから蛙チョコレートの空き箱が飛んできた。
それは見事に一つずつそれぞれの頭に当たり、オマケにリーマスの煩いよという冷たい声も飛んでくる。
笑い声が聞こえてそちらを見れば、ピーターが慌てたように本を開き始めたけれど本は上下逆さまだった。
とりあえず、ジェームズを引っ張ってジェームズのベッドに座る。
これ以上部屋の真ん中でジェームズが騒ぎ続けるよりはきっとマシな筈だ。


「有り得ないよ、女の子と二人で君が何も言わないなんて。名前はあんなに可愛いのに」


悪魔だけどな、と心の中で付け足してジェームズのところにあったビスケットを摘む。
ひたすらぶつぶつ言っているジェームズの口からは頻繁に名前とエバンズの名前が出る。
女神だとか太陽だとか恥ずかしい単語が聞こえるのはきっと気のせいだ。


「そもそもだよ、シリウス。君は名前をどう思っているんだい?」

「…変な奴」

「変?名前が?何処が?」

「まあ…色々?」

「何その俺だけは知ってますみたいな言い方。やっぱり名前は特別って事?」

「そんなんじゃねえって。ジェームズ達の前では猫被ってんだよ」


あの猫被りは本当に大したものだと思う。
猫どころか人間の皮ですら被っていそうだけど。
想像をすると余り気分の良いものでは無い。
そんな考えを振り払った時ジェームズが突然大声を出した。


「夕食の時間!早く行かなきゃ!僕は先に行くよ!」


リリーの隣だとか何とか言っている声が遠ざかっていく。
後を追うように三人で部屋を出て大広間へと向かう。
ジェームズはやっぱり今日も無視されているんじゃないか、と話しながら。


大広間に入ると探すまでもなくジェームズの居る場所が解った。
どうやって座ったのか、隣でエバンズにひたすら話しかけている。
その会話が成立しているかどうかは解らないけれど。
エバンズの向かい側では名前が楽しそうな笑顔でサラダを食べている。


「ジェームズ、挫けないよね」

「不思議だよな」

「まあ、自信があるって事だよね」

「シリウス、リーマス、名前が呼んでる」


ピーターに言われて見てみると確かに名前が手招きしていた。
近付く度にジェームズの声がよく聞こえるようになる。
どうやら今は次のクィディッチの試合の話をしている最中らしい。
興味が無い訳ではないのか、エバンズは偶に聞いているように見える。
腕を引かれて名前の隣に座った瞬間何故かエバンズに睨まれた。


「ふふ、リリーはシリウスがジェームズを止めてくれないから怒ってるのよ」

「そんなの俺が知るか」

「だって、貴方達親友じゃない?」


そう言いながら名前はせっせと皿に料理を取り分けていく。
それを俺とリーマスとピーターの前に置いてから今度はゴブレットに手を伸ばす。
それぞれの好み通りに料理が盛られていて、更に飲み物も好み通り。


「やっぱりお前って変な奴だよな」

「やだ、デキる女って言ってちょうだい」

「女、ねぇ」


クスクス、と笑う名前の声が離れている筈なのに耳元で聞こえた。




(20130904)
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