俺の知らない歌を歌う名前の声を聞きながらマントにくるまって寝転がっていた。
名前との会話を反芻しながら考えて、それでも何も答えは出ない。
ただあの会話で名前と俺の違いが明確に示されただけのような気がした。
俺は純血主義を下らない、どうでも良い事だと切り捨てる事が出来ない。
結局は純血主義の塊のあの家に捕らえられている気がする。
気分が鬱々としてきた時、名前の手が俺の頬を撫でた。


「あんまり考え込むと知恵熱が出るわよ」

「出ねえよ。馬鹿にすんな」

「もう、心配してるのに」


いつもよりも名前の声が優しいから、言い返す気が起きない。
いつも冷たい手も今は温かくて心地良いから撫でられるまま。
名前が編み物をしているからでは無く意図的に温かくしているような、感じ。
名前は悪魔なのに、心地良くて困ってしまう。


「悪魔でも、手編みなんだな」

「魔法でやるより心込められる気がしない?」

「一緒じゃねえの?」

「これだから男の子は!」


そう言って温かい指先が俺の頬を軽く抓る。
出来上がりは一緒だと思うからそう言っただけなのに。
それに、悪魔が心を込めて、だなんて良い方に考えられない。
そんな考えを読んだのかもう一度頬を抓られた。


器用に編み針と指先を使って糸を布にしていく。
それをぼんやり眺めながらマントを口元まで引き上げる。
外なのにそんなに寒くないのは名前が何かしたのだろうか。
マントにくるまっていると快適な温度で眠気を誘う。
ウトウトしているところに名前の歌う歌。
今にも瞼がくっついて意識を手放してしまいそう。


「寝ても良いのよ」

「寝れるか…悪魔の横で」

「眠そうな目してるじゃない」


くしゃり、と前髪を撫でる名前の手は悔しいけれどやっぱり心地良かった。
余りにも心地良くてもう瞼を開けていられそうに無い。




体を揺らされて目を覚ますと名前の顔が目の前にあった。
一気に覚醒した頭で咄嗟に判断して名前の両頬を押さえる。


「あら、キスしてくれるの?」

「しねえよ!俺が寝てる間に変な事してねえだろうな?」

「寝込みを襲うなんて事しないわよ」


残念、と呟きながら名前は離れていく。
起き上がって見ると眠る前よりも長くなったマフラーがあった。
手編みに拘っているからきっと何もしてない、と信じよう。
両手を伸ばして思い切り伸びをすると幾らかスッキリした。


「はい、紅茶」

「…ああ」


差し出された紅茶は熱すぎず温すぎず、丁度良い。
バスケットから出したけれど、あのバスケットはどうなっているのだろう。
それとも、バスケットではなく名前の魔法だろうか。


「さて、そろそろ戻りましょうか。雪が降りそうだし」


飲み終わったゴブレットを回収した名前は俺を立たせてさっさとシートまで片付けてしまった。
その途端に急に寒さが増して俺は慌てて両手をマントの中にしまう。
首元を少しでも冷やさないようにとフードを被ると少しだけマシになった気がする。


「寒そうね。私が温めてあげましょうか?」

「遠慮する」

「つまんないわ」


杖で雪を溶かしながら歩く横を名前が雪が無いかのように歩く。
足元からすっかり冷えていって、足の動きは速くなる。
談話室の暖炉の前にあるソファーが今はとても恋しかった。
城に入ると濡れてしまった足元を乾かしてフードを取る。
風が抜けるといっても外よりはほんの少しだけ暖かい。
名前のブーツが鳴る音が後ろから付いて来る。


「シリウス、こっち」

「は?ちょっ、お前」


不意に腕を引っ張られ、よろけないように足を動かす。
名前はそれを全く気にせずにどんどん歩いていく。
そこは今までに見た事の無い通路で、ただただ螺旋階段が続いている。
あんなに学校中を調べたのにこの通路は全く気が付かなかった。


「この階段、何処に出るんだ?」

「グリフィンドールの談話室の近く」

「へえ…知らなかった」


クスリ、と名前が笑ったような気がする。
後頭部しか見えないから本当にのところは解らないけれど。
階段の一番上の扉を開けると名前が言った通り直ぐ近くに出た。
俺達が出たのを確認したかのように扉が消える。
何も無かったようにいつもと変わらない壁があるだけ。


「名前、お前他にも知ってるのか?」

「知ってるわよ」


談話室の暖炉の前のソファーに座った名前はバスケットからクッキーを取り出した。
それはリーマスが最新作だと騒いでいたクッキー。
チョコレートがかかっていていかにも甘そうに見える。


「チョコレートって本当に美味しいと思うわ。職人を眷属にしようかしら」

「物騒な事言うなよ」

「あら、ずっとチョコレートを作り続けられるのよ。本望じゃない?」

「それって、ずっとお前の奴隷って事だろ?」

「ふふ、そうかもね」


そう言って名前はクッキーをかじった。
試しに一枚取ってかじってみるとやっぱり甘い。
そして自分がそれに誘われている事を思い出した。
名前の眷属になる気なんて全く無いけれど。


「オリオンもね、誘ったんだけど断られちゃったのよ」

「…無理矢理眷属にすりゃ良かったじゃねえか」

「それはねぇ。寝首掻かれても嫌だし」


それ位名前ならどうにか出来る気がする。
口には出さず、思うだけにしてクッキーの残りを放り込む。


「それに、オリオンを眷属にしなかったからシリウスに会えたんだから良いじゃない」

「お前にとってはだろ?俺はあんな家に生まれたんだぞ」

「じゃあ、やっぱりシリウスが私の眷属になる?」


サァッと名前の瞳が真っ赤になった。
真っ直ぐに見つめられて逸らす事が出来ない。
耳元で家から解放されるんじゃない?と囁く声がする。
それは甘く、寧ろ甘ったるい程の誘惑。
家から解放されるのは俺にとってかなり魅力的。
でも、流されて誘惑に乗る訳にはいかない。


「ならねえよ」

「今より強い力を手に入れられるわよ?その気になればリーマスだって守れるようになるけど」

「それでも、だ」

「…なーんだ、つまんないの」


フッと気付かないうちに辺りを取り囲んでいた闇が消えた。
赤かった瞳も今は茶色に戻っている。
気が散ったかのように名前はクッキーを摘む。
無意識のうちに大きく息を吐くと重い物が落ちたような感覚がした。


「リーマスを引き合いに出しても駄目なのねぇ」

「別に、お前の力を借りなくたってリーマスを守れる」


ふぅん、と興味を無くしたような返事をする名前はまたクッキーを摘む。
沢山あったクッキーはもう既に半分無くなっている。


「ああ、そうだ。私明日用事があるから今渡しておくわ」


そう言って名前が差し出したのは灰色のマフラー。
ぐるりと首に巻かれたけれど暖炉の前では暑かった。




(20130819)
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