いつもよりも静かで広い部屋でベッドに寝転がる。
家へ帰るという三人を見送ってしまうともうやる事が無い。
大広間で見掛けたレギュラスの後ろ姿。
あいつは帰ってまた両親の操り人形になるのだろう。
どういう関係か解らないけれど今の父親と名前が一緒に居るなんて想像出来ない。
母親よりは煩く言わないものの、父親だって間違い無く純血主義者だ。
ブラック家の長男として、と始まる言葉を何回聞いただろう。
俺がグリフィンドールに入ってからはそれは全てレギュラスに向いている。
レギュラスだってそれを喜んでいるし、良いのだろうけど。
「下らねえ」
鬱々とした気分を声を出す事で振り払う。
寝返りを打つと空っぽのベッドが見えた。
やる事も無いし、いっそこのまま寝てしまおうか。
「下らないわね」
目を閉じた瞬間に聞こえてきた声。
目を開くと空っぽだった筈のベッドに名前が座っていた。
いつかに見た丈の短い貴族服を着ている。
「お前入ってくんなよ。此処は男子寮だぞ」
「今更じゃない」
「それから心を読むな」
「あら、ごめんなさい」
クスクスと笑う名前の声だけが部屋に響く。
寝返りを打って名前に背中を向ける。
今はこの悪魔の相手をするような気分じゃない。
毛布を口元まで引き上げると一気に暖かくなる。
このまま寝てしまおうと目を閉じると背中を冷気が撫でた。
「おい」
「なぁに?」
「此処は俺のベッドだ。出てけ」
「良いじゃない、寒いんだし」
追い出してやろうと起き上がると名前が悲鳴を上げる。
何を大袈裟に、と思ったら名前はベビードール姿だった。
「あらシリウス、そういう事したいの?」
「そんな訳ねえだろ!何でお前は直ぐにそうやって…」
「そこら辺の女の子より良いと思うけど?」
伸びてきた名前の手が頬を撫でる。
その手を甘噛みすると名前は嬉しそうに悲鳴を上げた。
「喜ぶんじゃねえよ」
「その気になってくれたかと思って」
キラキラと期待で輝く名前の瞳から目を逸らして毛布を被せる。
ベッドを抜け出して部屋の扉を開けると後ろから声がした。
酷いだの狡いだのと抗議する声を聞こえないフリをして扉を閉める。
何処へ行こうか考えながら歩いていたら図書館に来ていた。
やる事も無いし、悪戯に使えそうな何かが見つかるかもしれない。
そう思って足を踏み入れるとやはりいつもよりかなり静かだった。
「もう、酷いじゃないシリウス!」
「何がだよ」
「置いてくなんて!」
腰に手を当てて怒る名前は今はホグワーツの制服を着ている。
ころころと服装が変わって忙しいやつだ。
着替える事なんてそう手間も掛からないのだろうけど。
名前の頭を一回撫でて目的の本棚まで歩く。
後ろを付いて来る足音がするけれど気にしない。
やっぱり今は相手をする気分では無いのだ。
「今日は冷たいのねぇ。レギュラスに会ったから?」
「黙れ!」
「図書館では静かに!」
思わず怒鳴ってしまい、逆にマダム・ピンスに怒鳴られる。
イライラとした気分のまま図書館を出て足の動くままに進む。
こんなに気持ちが荒れるのは家の事を思い出したからだろうか。
名前のあの態度も今は何だかイライラする。
外に出ると冷えた空気が露出している肌を刺す。
どんどん体温が奪われていくけれど足は止めない。
気が付いたら湖まで来ていて、凍った水面の下で何かが動いているのが見えた。
雪の上に座り込んで木に凭れると背中からお尻までが濡れる。
冷えていく体温に比例するように頭も冷えていく。
それを見越したかのように名前が現れた。
真っ黒なマントを着て大きなバスケットを片腕にぶら下げている。
「寒くない?」
「寒い」
「どうして雪の上に直接座るのよ。ほらほら立って」
手を引かれ、立ち上がると名前はシートを引いた。
次にパチンと指を鳴らすと濡れていた服が乾く。
と同時に頭からマントを被せられて座らされる。
「ミルク入れる?お砂糖?ココアもあるけど」
「…ココア」
「はい、どうぞ」
言った通りにココアの入ったゴブレットを渡された。
ゆらゆらと立ち上る湯気が温かい事を知らせる。
一口飲むと思っていた甘さではなく丁度良い甘さが広がった。
拍子抜けしていると名前がニッコリと微笑む。
「それなら飲めるでしょ?」
「…なあ、お前は純血主義をどう思う?」
「私には関係無いわ」
キッパリと言い放つ名前はバスケットからゴブレットを取り出す。
思った通りの返事だったのに、納得がいかない。
ゴブレットを名前の手から取り上げて質問を繰り返す。
「純血主義なんて下らないわよ。私から見れば皆同じだもの」
「俺もあいつ等と同じだって言うのか?」
「同じねぇ。魂の輝きとかは別よ?美味しそうな魂と不味そうな魂は確かに居るのよ」
「悪魔らしい回答だな」
「有難う。サンドイッチどう?」
サンドイッチの中身がチキンなのを確認して受け取る。
代わりに名前にゴブレットを返す。
不意にアルコールの匂いがしたと思ったら名前のゴブレットの中身はワインだった。
一応此処は学校で名前は一応生徒の筈なのだけど。
「人間って自分と違うと異端だと決め付けて排除しようとするわよね。リーマスとか良い例じゃない?」
「リーマスは、あんな奴らとは違う」
「シリウスはそう思ってる。でも他の生徒はどう?」
「それは…リーマスの事を知ってればちゃんと理解してくれる筈だ」
「そうかしら?それならリーマスはどうして人と距離を取ってるの?」
反論したくて言葉を探したのに、答える事が出来なかった。
確かに名前の言う通りリーマスは人と距離を置いている。
俺達とだって偶にまだ距離があるんじゃないかと思う事もあった。
人狼という立場は名前の言う通り世間からみれば大分低い。
「魔法使いだって似たような物だけど。魔女狩りは知ってるでしょう?」
「確か、悪魔と手を組んで魔術を行使した奴を異端審問にかけて公開処刑するんだろ?」
「賢い子は好きよ。魔術を行使したとされた者の大半はあらぬ疑いね。そういう力を持っている人間が存在していたのは事実だけど」
「それは、俺達?」
「そう。魔法族は少数で非魔法族から見れば異端」
「だから、争うのは下らないって言うのか?」
「賢い子は好きよシリウス」
満足気に微笑んで名前はゴブレットを傾けた。
名前は人間は愚かだと言いたいのだろうか。
純血主義の事なんて取るに足らない事なのだと。
有耶無耶にされたような気持ちも拭いきれない。
(20130819)
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