名前のせいで何処かへ消えてしまった眠気。
仕方無く朝食を食べようと大広間へ入るとテーブルの真ん中辺りに名前が座っていた。
マーマレードを塗りながら顔を上げ、俺を見るとニッコリと笑う。
着ている黒のワンピースは生地がとても薄そうに見える。
見ている方が寒く見えてしまうけれど名前は平気なのだろうか。


「おはようシリウス。よく眠れたかしら?」


唇を片方だけ上げて笑いながら聞く名前に顔が引きつる。
クスクス笑いながら名前がマーマレードを塗ったトーストを皿に置いた。


「さあ、食べて。朝ご飯は大事よ」


トントンと叩かれた隣に座って渋々トーストを手に取る。
一口かじるとマーマレードが口の中に広がった。
隣では先程と同じように名前がマーマレードを塗っている。
そして塗り終えたと思ったら二つのゴブレットに珈琲を注ぐ。


「前から気になってたんだけど、悪魔って食事が必要なのか?」

「食べなくても死なないわよ。でも、美味しい物は好きなの」

「ふぅん」

「シリウスだってそそる女の子好きでしょ?」


思わず吹き出しそうになって慌てて我慢する。
落ち着こうと珈琲を飲むと気管支に入り込んで咳が出た。
ゴホゴホと咳き込む俺の背中を名前があらあらと言いながら撫でる。
思いもよらない事を言ったのは名前だというのに。


「食い物と女を一緒にすんな」

「あら、似たような物だと思うけど。三大欲求の二つでしょ?」


言い返す事が面倒でトーストをまた一口かじる。
気にしていないように名前はゴブレットを口に運ぶ。


「そういえば、お前クリスマス休暇どうすんだよ」

「ああ、そうねぇ…どうしようかしら。久しぶりにオリオンに会っても良いけど」

「…名前・ブラック、だったな」

「そうなの。いつでも使えって言ってくれたのよ」


そう言って名前はとても嬉しそうにはにかむ。
どうしてそんな顔をするのかは解らないし誰が言ったのかも解らない。
けれど、何となく不快な気持ちになるのは何故だろう。
父親の名前が出たからだろうか。


「シリウスはどうするの?」

「俺は帰んねえよ」

「ああ、オリオンと仲悪いのよね。それとも、ヴァルブルガと、かしら?」


どちらも聞きたくない名前で、聞こえないフリをする。
クスクスと笑っても答えるつもりは無い。
どれだけ言われたってあの家は嫌いなのだ。


「シリウスが残るなら私も残ろうかしら」

「帰る場所あんのか?」

「あるわよ。来た事あるじゃない」


いつか無理矢理連れて行かれた広いベッドが思い浮かぶ。
ベッド以外の場所は知らないけれど、きっとあそこだろう。
それなら帰るも何も行き来自由ではないか。


「それより、お願いは決まった?」

「あ?ああ、あれか…そんな直ぐには決まんねえよ」

「何でも良いのよ?」

「何でも…リーマスを、」

「人狼じゃなくすのは無理よ」


まだ早い時間で人が少ないとはいえ人狼と言うなんて有り得ない。
慌てて周囲を見回したけれど幸い誰も近くには居なかった。


「そりゃあやろうと思えば簡単よ。でも、例えば普通の人間に戻ったとして周りにはどう説明するの?神様の起こした奇跡とでも言うのかしら?」

「それは…お前がいつもみたいに目眩ましすれば良いだろ」

「それは無理ね。幾ら私でもリーマスが人狼だと知ってる人は全員知らないもの。それに私がそれだけの事をする義理も無いし」


やっぱりそう上手くはいかないらしい。
溜息を吐いて皿に乗せられたベーコンを口に入れる。
願い事と言われたって、リーマスの事しか思い浮かばないのだ。
家に不満はあるけれどいずれ出て行くのだから問題無い。
だから自然と親友の事に考えが向いてしまう。


「あら、名前に…ブラック」

「おはようリリー」

「ええ、おはよう。今日は、二人だけ?」


用心深く周囲を確かめたエバンズが向かい側に腰を下ろす。
エバンズはジェームズが居ると全く近寄って来ない。
今此処にジェームズが現れたら直ぐに立ち去るだろう。
トーストをかじるエバンズをぼんやり見ながらそんな事を考える。


「なあ、あのマフラー誰のだ?」

「あら、貴方には関係無いと思うわ、ブラック」

「リリー、私もブラックなんだけど」

「貴女じゃないのよ名前。もう、どうして名前がブラックなのかしら」


心の中でエバンズの言葉に何度も頷く。
大体、家にある家系図には名前は載っていない筈。


「仕方無いわよ。私はオリオンさんに拾われたんだもの」

「よくグリフィンドールで許してくれたわよね」

「オリオンさん、私には甘いの。シリウス、大丈夫?」


咳き込む俺にしれっと心配顔を作る。
全くの初耳に珈琲がまた気管支に入ってしまった。
吹き出してしまうよりはマシだと思うべきか。


「でも、ブラックのお父様はきっと私の事は嫌いね」

「私はリリーが好きよ。それじゃ駄目かしら?」

「嬉しいわ。私も名前が好きよ」


ニコニコと笑い合う二人と咳き込むだけの俺。
何だかとても場違いな気がして立ち去りたくなる。
けれど、立ち上がろうとすると名前がすかさず手を伸ばす。
立ち上がるのを止められて動く事が出来ない。
こんな光景をジェームズに見られたら後が面倒だ。


「俺戻る」

「あ、じゃあこれ持ってって」

「何?」

「ジェームズとピーターの朝ご飯。きっと間に合わないでしょ?」


確かに二人は起きられなくて間に合わないかもしれない。
差し出されたバスケットを素直に受け取ってテーブルを離れる。
今から朝食の生徒と入れ違いに大広間を出ると途端に静かになった。
腕時計を見るといつもなら起きるだろう時間を差している。
まだ暫くはジェームズもピーターも起きないだろう。


扉をノックすると中から声がして直ぐに開く。
マダム・ポンフリーは俺を見ると何も言わずベッドを指差した。


「リーマス、起きてるか?」

「シリウス?」


カーテン越しにリーマスの声が返ってきた事にホッとして中に入る。
バスケットを机に置いて椅子に座るとリーマスがチョコレートを食べているのが見えた。
リーマスが叫びの屋敷に行く前にこっそりポケットに忍ばせていたチョコレート。


「早起きだね。寝てないの?」

「あー…寝付けなかったんだよ」

「珍しいね。いつもは直ぐ寝るのに」


本当の事なんて言えないから苦笑いで誤魔化す。
名前が現れてからそんな事ばかりな気がする。
後ろめたさを隠したくてバスケットを開くとサンドイッチが四人分入っていた。
最初から名前は俺の行動を見越して四人分入れたのだろうか。


「サンドイッチ、食うか?名前が用意したから中身は解んねえけど」

「うん、食べるよ」


サンドイッチと紅茶の入ったビンを渡すとリーマスは嬉しそうに笑った。
名前は口ではああ言っているけれど、案外リーマスの事を気に掛けている気がする。
かなり甘い香りのする紅茶は俺もジェームズもピーターも飲まない。




(20130814)
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