5月2日、名前はいつもとは違う全身真っ黒な姿になる。
去年も同じようにして出掛けていくのを見送った。
店に行かなければならない俺を宥めて。
今年は一緒に行けると思ったけれど、名前は一人で出掛けたらしい。
目が覚めたらテーブルの上に朝食とメモが置かれていた。


食器の片付けをし、洗濯機を回して洗濯物を干す。
掃除は魔法を使って掃除機がやってくれる。
名前の居ない部屋に一人、手持ち無沙汰だ。
気紛れに名前が読み終えて折り畳んだだろう新聞を広げる。
一面に書かれていたのはやはり二年前の今日の事。


「もう二年、か」


今でもあの日の事はよく思い出せる。
家族、友達、騎士団の皆、そして名前。
戦いの中で名前の姿が見えない事はとても不安だった。
けれど目の前に居たのは死喰い人や巨人。
必死に呪文を放って、誰も失うものか、と。
誰も失わないなんて不可能だと解ってはいた。
今日はそんな人達の命日。


けれど、名前が向かったのは違う人の元だろう。
名前を言ってはいけないあの人、ヴォルデモート。
前に名前は死んでしまえば人間は誰でも同じだと言った。
ヴォルデモートだけが悪い訳じゃない、とも。


「ただいま」

「お帰り」

「あら、ご機嫌斜め?」


バサリ、と名前の脱いだ真っ黒なローブが音を立てる。
名前が杖を振るとそのローブはクローゼットへと消えた。
キッチンではカチャカチャとティーセットが動く。


「ごめんね」

「別に機嫌が悪い訳じゃないけど」

「不機嫌じゃない」


ツンと額を突つかれた人差し指を捕まえる。
そのまま指を絡めようとした時、暖炉が燃え上がった。
そこから現れた人物に名前の顔は一気に輝く。
捕まえていた指がするりと抜けて名前は真っ直ぐ暖炉へ向かった。


「ビル、どうしたの?」

「生まれたよ。女の子」

「おめでとう!フラーに会いに行きたいわ」


にこにこと笑いながら会話をする二人。
名前の横に立つとビルが俺を見て笑った。
それは記憶にある通りの兄としての顔。
写真を覗き込んでいる名前には見えていない。


「ジョージも見てくれよ」

「凄く可愛いわ」


ビルとフラーの子なのだから可愛いに決まっている。
写真を見ると生まれたばかりの小さな小さな子が眠っていた。
ふと思い出したのはジニーの生まれたばかりの日。
あの時、ジニーもこんな風にぐっすり眠っていた。


「名前はヴィクトワール」

「ヴィクトワール…勝利ね」

「可愛いだろ、ジョージ」

「うん。なんか、ジニー思い出した」


確かに、と頷いたけれど、きっとビルは少し違うだろう。
妹と自分の娘では気持ちが違うだろうし。
自分の娘、という言葉に思わず名前を見る。
名前と俺の子供、と考えたら何だかむず痒い。


「さあ、僕は行かなくちゃ。まだ知らせに行かなきゃいけないからね」


名前と別れの挨拶を交わすビルに写真を返して暖炉から消えるのを見送った。
にこにこと笑って可愛かったと言う名前を追い掛ける。
くるりと此方を向いたその額に唇で触れると紅茶が差し出された。


「可愛かったわね、ヴィクトワール」

「うん。でも名前の方が可愛いよ」

「あら、赤ちゃんの方が可愛いわよ。愛されるように出来てるんだもの」


雑誌の受け売りだけど、と名前は肩を竦める。
名前の家に行った時に見せて貰った赤ちゃんの頃の写真。
確かにとても可愛くて、とても幸せそうに笑っていた。
動かないのに、名前が愛されてる事が伝わるにはその笑顔で充分。


「俺と名前の子供は、名前に似て欲しいな」

「それは…うーん、どうかしら」

「嫌?」

「ジョージの遺伝子もちゃんと受け継いで貰わなきゃ困るわ」

「それなら悪戯好きだな」

「ふふ、綺麗な赤毛も、ね」


さらりと名前の指が髪の毛を撫でる。
言葉を理解した時には嬉しいやら照れ臭いやら、よく解らなくてとりあえず名前に抱き付いた。




(20130609)
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