結婚式が終わり、普段の生活に戻ると名前も元に戻ってしまった。
それが悪いと言いたい訳ではないけど、あの日の名前は素直だった気がする。
俺の気持ちは別として姉弟のように過ごした期間が長かったせいか、俺への接し方は以前と変わらない。
そりゃあ抱き付くのだって頬にキスだって昔からしてきたのだからそれは仕方ないと思う。
名前がそれに慣れていたとしてもそれはそうなるだけの事をしてきた自覚もある。
恋人として、今は夫婦として、接する時もあるから不満だというつもりはない。
ただもう少し、ほんの少しだけ名前が甘えてくれたりしたら良いなぁと思うのだ。
「悩み事か?」
「んー…まあ、そんなとこ」
「名前の事だろ」
「名前の事以外では悩まない主義ですから」
そう言うとインスタント煙幕を持ったチャーリーがからかうように笑う。
偶然休みが続いていて帰って来たついでに、と店に顔を出した。
インスタント煙幕が気になるようで先程から眺めている。
昔から何となく思っていたのだけど、チャーリーは名前に甘い。
勿論一番はビルだけれど、その次と言って良い程じゃないだろうか。
名前もチャーリーには素直に我儘を言えるらしく、その現場を見た事があった。
「シャロン元気?」
「元気が取り得みたいな奴だからな」
「あ、それは良く解る」
「元気過ぎて偶にハラハラする事もあるけど」
困った奴だよ、と言いながらもチャーリーの顔は優しく笑っている。
何だかんだ言いながらチャーリーとシャロンはずっと両想いだったのだと名前が言っていた。
そういえば、シャロンが一時期落ち込んでいたのはチャーリーがルーマニアに行くと言った時だったっけ。
「これ、オマケしてくれないか?」
「断るよチャーリー」
「やっぱりか」
「勿論。名前ならともかく」
「名前は使わないだろ」
金貨を出しながらチャーリーが言った言葉に頷く。
確かに名前は悪戯道具なんて全く使わない。
アイデアを出してくれたり呪文を教えてくれたりはする。
商品を渡すとチャーリーはひらひら手を振りながら出て行った。
焼き上がったミートパイをテーブルに置いて夕食は完成。
俺が店に泊まらなきゃいけない日以外は今のところ一緒に食べる。
それが夫婦だと思うし、何より俺自身が名前と一緒が良い。
昔から大人数だったからか一人で食事というのはどうも苦手だ。
名前と向かい合って食べながら一日の出来事を話すのが習慣になっている。
「そういえば、今日チャーリーが店に来たよ」
「あら、そうなの?」
「うん。休みが続いてるから帰って来たって言ってた」
「私も会ったわよ。お茶したの」
てっきりチャーリーに会いたかったと言われると思っていたのに。
思わず聞き返すと名前はスープを飲み込んであのね、と話し出す。
仕事終わりにグリンゴッツで会ったからそのまま近くの店に行ったらしい。
余りにも嬉しそうに話すから、少しだけ、ほんの少しだけモヤモヤとする。
名前とチャーリーが仲良しなのは昔からなのに。
ビルに対する気持ちとはまた違ったモヤモヤ。
「楽しかった?」
「うん。ジョージの話もしたのよ」
「え?何の話?」
「生活はどう?とかジョージはちゃんとしてる?とか」
「…俺信用ないのかなぁ」
笑顔を作ったけれど苦いものだと自分でも解る。
誤魔化すように少し多めにサラダを詰め込む。
それを見て呆れたからか、名前が突然笑い出した。
「ふふ、ジョージったら、信用はあるに決まってるでしょ?」
「え?」
「チャーリーがジョージはいざとなればやる男だからって言ってたわ」
「…名前はそれ信じる?」
「勿論よ。違うの?」
そう言いながら名前の首がこてん、と傾けられる。
慌てて違わないと言えばふわりとした笑顔へと変わった。
「後でお散歩に行かない?」
「え?夜だし、寒いけど良いの?」
「ジョージと歩きたい気分なの」
嫌なら良いわよ、と珍しく名前が拗ねた表情を見せる。
それが可愛くて、珍しい表情が嬉しくて、顔が緩む。
名前は勘違いをしたのか片眉を上げたけれど、なかなか顔は引き締まらない。
もっと甘えて欲しいなんて言っていたのが馬鹿みたいに思える。
滅多に見られない表情一つ見られただけでこんなに嬉しい。
「名前」
「何よ?」
「今日は寒いからちゃんと手繋ごうね」
「…当たり前よ」
それに、寒いからくっついて歩こう。
(20130510)
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