良い香りと楽しそうに笑う声がする。
心地良いシーツから抜け出すのが億劫で再び意識を手放す事に決めた。
二度寝をするなんて、と名前に怒られてしまうだろうか。
仕方ないなぁと笑って許してくれるかもしれない。
どちらかと言えば後者の方が濃厚だと思った瞬間、腹に突然重みを感じる。
一瞬詰まった息を吐き出しながら思い瞼を持ち上げた。
「パパ、おきて!」
赤毛に青色の瞳、それ以外は名前に瓜二つなステラ。
四歳になる娘を抱き上げて膝の上に乗せる。
満面の笑みを浮かべるステラの額にキスを一つ。
そのまま抱き上げて寝室を出ると料理を運んでいる名前が顔を上げた。
「おはようジョージ」
ふわりと笑った顔はやはりステラとの血の繋がりを感じさせる。
将来ステラもこういう風に笑うのかと思うと楽しみで仕方ない。
朝食を食べ終わり、片付けを終えるとステラがリュックサックに色々と入れていた。
このリュックサックは鼬の形をしている。
マグルのミシンを使って名前が手作りしたもの。
ステラは鼬が好きらしく、部屋にはぬいぐるみもある。
「出掛けるのか?」
「うん!ビルとあそぶの!」
満面の笑みのステラに対して俺は顔が引きつった。
ステラは名前に似たのかビルが大好きで、よく遊びに行く。
ビルも名前に甘いようにステラにはとても甘い。
「ステラ、パパとも遊んでくれよ」
「うん。でもきょうはビルとあそぶの!」
「…パパとビルどっちが好き?」
「うーんとねぇ」
鼬のぬいぐるみを入れながら悩むステラの頭を撫でる。
もしビルと答えられたら立ち直れない。
「あのね、ふたりともだいすきだよ」
「ステラ、ビルが来たわよ」
「はーい!パパ、いってきます」
笑顔はとても可愛くて行ってきますのキスもとても嬉しいのに、複雑な気分だ。
ビルと答えなかったのを喜ぶべきか、俺だと言われなかったのを悲しむべきか。
ステラを抱き上げて名前と会話しながら笑っているビルがとても羨ましく見える。
姿眩ましの音がしてその姿もあっという間に消えてしまったけれど。
溜息を吐いて、近寄ってきた名前を抱き締める。
せっかくの休みなのに愛娘はビルの元へ行ってしまった。
名前まで行ってしまわなくて良かったと思う。
「ジョージ?」
不思議そうに首を傾げる名前の額にキスをする。
瞼、頬、と順番にして最後は唇。
結婚して子供が生まれても変わらない。
名前に触れるだけでどんな気持ちだって癒される。
「ジョージ、どうしたの?」
「ちょっと複雑な気分なんだよ」
「あら、ステラが遊んでくれないからって拗ねてるのね」
ズバリ言い当てられて名前から顔を逸らす。
笑い声が聞こえるけれど、それは聞こえないフリ。
「ジョージったら、変わらないわね」
「…いっつもビルに取られるんだ」
「でも、今のジョージの時間は私だけの物。そう思わない?」
ドキリ、と心臓が大きく鳴って、顔に熱が集まっていく。
もう子供でもないし、名前とだってずっと一緒なのに。
「ジョージ、顔真っ赤だわ」
クスクス笑う名前を抱き寄せて肩に顔を埋める。
ドキドキとする心臓が心地良くて少しだけ苦しい。
でもこれは辛い訳じゃなくて幸せな苦しさ。
ステラが居ないのならこのまま思いきり名前に甘えてしまおうか。
何もせずにただ名前とのんびり過ごすだけで俺はきっと幸せ。
「さ、ジョージ、洗濯物干すの手伝って」
「え?」
「終わったらステラの好きなアップルパイ作りましょう?」
にっこり笑った名前に引きつった笑顔しか浮かべられない。
するりと離れていった名前はさっさと洗濯物が入った籠を抱えてしまった。
ボリボリと頭を掻きながら息を吐き出して慌てて名前を追い掛ける。
「名前愛してる!」
「大声で叫ばないで」
拗ねたように言う名前の頬が赤くなっていて仕返しが成功したような気分。
相変わらず兄弟みたいなやりとりが多いけど、キラキラ輝く二人が居て幸せだ。
fin.
(20130729)
10