ゴドリックの谷へ行きたいと言ったのは名前だった。
俺はダンブルドアに外出禁止と言われている。
だからビルかリーマスと行けと言ったのに俺と行くと聞かなかった。
どうやったのか一日だけなら、とダンブルドアのお許しも得て。
用心するに越した事はないから髪の毛は茶色で瞳は榛色。
何となく親友の瞳の色を思い出して、気が付いたらこの色になっていた。


ゴドリックの谷に来るのはあの夜以来。
親友を失って無実の罪を被り復讐を心に誓ったあの夜。
俺がもっとちゃんとしていたら、ハリーの家族を奪わないで済んだだろうか。
ボロボロのポッター家の建物を見てそんな事が浮かび、拳を握り締めた。
爪が皮膚に食い込んで表面を削ったような気がする。
けれど、それが何だと言うのだろう。
俺はまだ、何も復讐なんて出来てはいない。


「シリウス」

「…何だ」

「傷になっちゃうわ」


握り締めた拳を細い指がやんわりと解く。
血の滲む掌に治癒魔法を使わずハンカチを巻いた。
真っ白な、綺麗なハンカチが俺の血で染まる。
その上から手が重ねられ、優しく握られた。
手を繋いだのはこれ以上傷付けない為だろうか。
名前は真っ直ぐポッター家を見つめている。
何の感情を出す訳でもなくただ真っ直ぐ。


暫くすると腕を引かれて歩き出し、向かった先は教会。
十字架が見えた瞬間から心臓の音が大きくなった。
ちゃんと理解はしている、けれどこの目で見るのは初めて。
幾つも並んでいるのにパッとそれは目に付いた。
刻まれている親友と親友の妻の名前。


「ジェームズ…に、リリー」


思わず声が出て二人の名前を呟く。
暗黒の時代だったけれど確かに幸せだった。
小さな小さなハリーが二人と笑っている。
そんな生活が確かにあったのだ。


「此処ね。ハリーのご両親」

「ああ」

「持ってきたのよ。はい、シリウス」


名前に差し出されたのは百合の花束。
受け取ってそれを二人の上にそっと置いた。
名前も同じように百合の花束を置く。
一気に百合で一杯になって、真っ白になった。
風で花が揺れる度、二人が何かを言っている様。


そっと手を握られて名前を見下ろす。
名前は真っ直ぐ俺を見上げていた。


「後悔、してる?」

「…ああ、そうだな。多分後悔だ」

「そう」


目線を移動させた名前に倣って再び二人の名前を見る。
今湧き上がる感情は後悔と呼ばれる物なのだろう。
いつ誰が死んだとしても全く可笑しくない時代だった。
それこそ俺だって今こうして生きていないかもしれない。
ああすればこうすれば、なんて今だから言える事。
悔いという感情は決して先には立ってくれない。


「後悔は、しても良いのよ」


そう呟いてから、暫く名前は何も言わずにただただ二人の名前が刻まれた場所を見つめていた。
徐に顔を上げるといつものようににっこりと笑う。


「シリウス、もう良い?」

「あ?ああ、俺は別に」

「そう?じゃあ、帰りましょうか」

「そうだな」


また名前が俺の手を握った。
先程も思ったけれど、俺よりも小さい。
力を入れたら折れてしまいそうだ。


「名前、ジェームズとリリーの墓参りが目的だったのか?」

「そうよ。だから一緒に来るのはシリウスじゃなきゃ駄目だったの」

「別に、俺じゃなくてリーマスでも良かっただろ」


そう、俺なんかよりもリーマスの方が良い。
外出の許可を取ってまで俺に拘らなくて良いのに。
外に出られたのは確かに嬉しいけれど。
名前はまたにっこり笑って馬鹿ね、と言った。


「馬鹿じゃねえよ…どうして俺なんだ?」

「シリウスに笑って欲しいから」


笑顔でそう言って名前はまた真っ直ぐ前を向く。
その横顔を眺めながら名前の言葉を思い出す。
もしかして、名前は俺の後悔に気付いていたのだろうか。
だからビルかリーマスと行けと言っても聞かなかったのかもしれない。
ダンブルドアを説得してまで俺を連れ出したのは二人に会わせる為。
推測だけれど、不思議と間違っている気がしない。
隣の低い位置にある頭を見下ろすと、少し離れた場所にある本屋を見ていた。


「名前、俺はお前を守るよ」


聞こえるか聞こえないかという程の声で呟く。
どうやら聞こえなかったらしく、聞き返されたけれどもう一度言うつもりはなかった。




(20130530)
笑っていて欲しいのは、
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