いつものように仕事をしていたら急に眠気に襲われて、気が付いた時には知らない部屋に居た。
体を起こすとそこに居たのはアジア系と思われる箒を握り締めて構えている女の人。
名字名前と名乗った彼女はどうやらマグルで、驚く事に僕よりも年上だった。
彼女曰く、日本人は童顔らしい。


杖は持っているのに姿眩ましが出来ず、名前さんの家に居候する事が決まった。
名前さんは明らかに僕を怪しんではいたけれど、とても良くしてくれている。
日本語が全く読めないのに本を読んでいる振りをしていると知れば英語の本を買ってきてくれた。
折角日本に居るのだから、と桜を見に連れて行ってもくれて、名前さんはとても優しい。
だから出来るだけ名前さんの邪魔はしないようにしたし、家事は手伝うようにしてきた。


いつものように名前さんが洗濯物を干しているのを手伝っていたのだけど、気付くべきだったと思う。
いつもはしっかりと落ちないようにポケットに入っているのに、偶々ズレていたのか、杖はカランと音を立てた。
とりあえず名前さんに残りはやると告げて中に入って貰う。
洗濯物を干しながらも頭の中ではどう説明しようか一生懸命考えている。
名前さんに話しても良いかとは思っていたけれど、こんな事になるとは思わなかった。
良い機会ではあるけれど、名前さんは信じてくれるだろうか。


魔法使いだと伝えた声が部屋に響いた。
チラチラと名前さんを盗み見るとカップの中を見つめている。
スッと顔を上げて濃い茶色の瞳が真っ直ぐ此方を見つめた。


「魔法使い?」

「うん」

「…ビビディバビディブー?」

「え?」

「あ、いや、あの、気にしないで」


聞き慣れない言葉を言ったと思ったら慌てたように首を振る。
名前さんは落ち着こうとするかのように紅茶を飲む。


「魔法使い…そっか、それなら納得」

「名前さん、信じてくれるの?」

「うん、信じるよ」


あっさりと頷いた名前さんに言葉が出ない。
魔法を使って見せた訳では無いのに。
信じてくれた事に対する驚きと、嬉しさ。
ホッとしているといきなり名前さんがお好み焼きと呟いた。


「お好み焼きの匂い、消したのも魔法?」

「あ、うん。こっそり」

「ビルさんって凄いんだね!」


パッと顔を輝かせた名前さんを見て衝動に駆られる。
その衝動に素直に動いた体は気が付けば名前さんの隣に移動して抱き締めていた。
この部屋に来てからの色々な感情が次々と湧き出てくる。
不安や寂しさが無かった訳ではなく、見ない振りをしていただけ。
魔法使いだと本当の事を隠していた後ろめたさもある。
情けない顔をしている自覚があって離れられそうにない。


「ビルさん?」

「ごめんね、ちょっとだけこうさせて」


返事は無かったけれど、代わりに名前さんの手が背中を優しく叩く。
それが心地良くてやっぱり離れられそうもない。


落ち着いた頃、謝りながら離れると気にしなくて良いと笑った。
そんな名前さんの頬を撫でると心が満たされる。
ここ一ヶ月で見慣れた名前さんの姿だからだろうか。
夕食を作ると言った名前さんの後ろを歩きながらそんな事を考えた。




(20130512)
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