お花見に行って以来、ビルさんは何だか雰囲気が変わった気がする。
元々柔らかくてよく笑う人だったけれど、それが以前より増した。
最近仕事をしていると視線を感じて振り向けばビルさんと目が合う。
ビルさんはにっこりと笑うので私も笑い返して仕事に戻る。
それが明らかに回数が増えているのだ。
そして偶に垣間見える不思議な部分は解らないまま。
今日も視線を感じて振り返るといつものソファーではなく、近くに立っていた。
驚いて椅子ごと少し引くとガタガタと椅子と床が音を立てる。
ビルさんはにっこり笑ってごめんね、と謝ったけれど、本当に驚いた。
「どうしたの?」
「うん、ずっと気になってたんだけど、それは何?」
「これ?」
私のパソコンを指差して聞いているからきっとパソコンの事だろう。
まさかパソコンを知らないなんて、とまた一つ不思議な部分が現れた。
「パソコン…って知らない?」
「うん」
「ビルさんはどんな生活をしてたのか凄く不思議になる」
「え?あ、家には無かったから」
銀行なら使うと思うのだけど、ビルさんはもしかしたら警備なのだろうか。
いや、でもビルさんが警備員だとしてもパソコンはやっぱり使うと思う。
パソコンについて私自身も曖昧ではあるけれど、説明しながらもやっぱり疑問は残る。
それが切っ掛けになったのか解らないけれど、ビルさんは色々と疑問をぶつけてきた。
テレビに携帯、据え置きの電話にゲーム機、冷蔵庫に電子レンジ、洗濯機まで。
益々ビルさんに対する不思議さが増して心の中で首を捻った。
仕事をやる気が無くなってしまって、気分転換に洗濯をする事にする。
洗い終わった服をベランダで干しているとビルさんが中から出てきた。
私の隣に立って手伝ってくれるのはもうすっかり当たり前。
まだビルさんが来て一ヶ月程なのだけど、そんな気もしなかった。
「今日はよく乾くかな」
「うん、きっとね。あ、それ重いから僕がやるよ」
「あ、お願い」
バスタオルはそんなに重くないから大丈夫なのだけど、ビルさんはこうして気遣ってくれる。
それは手伝ってくれる時には必ずと言って良い程に色々と手を貸してくれた。
最初こそ大丈夫だからと断っていたのだけどそれも悪い気がして今では甘えるようにしている。
バサッとビルさんがバスタオルを広げた瞬間にカランと何かが落ちる音がした。
その何かを確かめると細い木の棒が落ちていて、しゃがんでそれを手に取る。
「ビルさん、落ちたよ」
私の手の中にある棒を見て明らかにビルさんが動揺した。
後はやるから、と背中を押されて無理矢理中へと押し込まれる。
恐らくこの木の棒はビルさんにとって大切な物なのだろう。
返しそびれてしまった木の棒をとりあえず机に置いて紅茶の準備をする。
ビルさんが淹れるのよりは味は落ちるけれど、何となくあった方が落ち着く気がした。
別にビルさんが隠し事をしていようが構わない。
私達はそんなに何でも包み隠さず話すような関係には無いし。
ただ、この木の棒がビルさんの不思議な部分と繋がっているならそれは気になる。
人間の好奇心というのはこういう時よろしくない。
もしかしたら知られたくない事かもしれないし、無理には聞かないでおこう。
よし、と気合いを入れ直して紅茶を運ぶとちょうどビルさんが中に入ってきた。
「有難う。紅茶淹れたから飲まない?」
「あ、うん」
落ち着かない不安な様子のビルさんを座らせて紅茶を渡す。
一口飲んで息を長く吐く様子を見て私はあの木の棒を差し出した。
「これ、返すね」
「あ…うん」
「一応見た目は大丈夫そうに見えるんだけど、壊れてない?」
「うん、大丈夫」
「良かった」
ビルさんは木の棒を眺めてジャケットの内ポケットにしまう。
けれど、目を泳がせた後また直ぐに取り出した。
そしてまた木の棒をじっと眺めて息を大きく吐く。
「名前さん、聞かないの?」
「ビルさんが聞かれたくないなら、聞かないよ。でも、話しても良いって思うなら、真剣に聞く」
そう言って笑顔を向けるとビルさんは目を伏せた。
後はもうビルさんの判断を待つだけで、私はカップに手を伸ばす。
やっぱり、紅茶はビルさんが淹れた方が何倍も美味しい。
気が向いたので角砂糖を一つ落とすとビルさんが顔を上げた。
先程までのゆらゆらと不安そうに揺れていた瞳では無い。
砂糖を溶かす為に動かしていた手を止める。
「あのね、信じて貰えないかもしれないけど、僕魔法使いなんだ」
ビルさんの声が二人しか居ない部屋に響いた。
(20130429)
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