簡単な英会話、と書かれている本を捲っていたら近くでシャッター音がした。
不思議に思って顔を上げると桜を撮っていた筈のデジカメが此方を向いている。
ビルさんの青い瞳が嬉しそうにキラキラと輝いていた。
「名前さん、退屈だった?」
「全然。ビルさんが楽しそうだったから」
「ごめんね。ちょっと夢中になっちゃった」
私の横に座ってビルさんはデジカメを差し出す。
受け取って鞄にしまっているとビルさんが本を持ち上げた。
英文に目を通しているらしく、首を傾げる。
そりゃ、勉強の為の本なのだから不思議だろう。
例文なんて大体が突拍子も無い事なのだから。
「名前さん英語読むの?」
「読めないからお勉強なの。あんまり頭には入らないけど」
ふうん、と返事をしてビルさんはページを捲る。
ビルさんの髪に桜の花びらが付いていて手を伸ばした。
沢山付いてるなあと思ったら不意に目が合う。
あ、綺麗だな、と思ったのも一瞬で慌てて離れる。
「どうしたの?」
「あ、えっと、花びらが付いてたから」
「名前さんも付いてるよ」
ビルさんの手が伸びてきて花びらを取り出す。
ただ花びらを取るだけなのに頭に触れられるなんてかなり久しぶりだ。
少しだけドキドキとしながらもそんな年齢ではないと心の中で呟く。
きっと久しぶりだっただけだから、そう感じただけなのだ。
取れた、と笑うビルさんにお礼を言ってお弁当の準備をする。
今日はおにぎりにして中身を梅干しと昆布にしてみた。
ビルさんは梅干しはどうだろう。
おにぎりを頬張るビルさんを観察する。
どうやら梅干しを食べたらしく、目が少し大きくなった。
「どう?」
「なんか…どう言ったら良いのかな」
「梅干しっていうの。なるべく甘いのを選んだんだけど」
「酸っぱいね」
「食べられそう?無理だったら私が食べるから」
「大丈夫。ちょっと、驚いただけ」
そう言って酸っぱさに顔を顰めながらも完食する。
梅干しは食べられそうだけれどやはり余り得意ではないようだ。
昆布も不思議そうな顔をしながら食べていたけれど美味しいらしい。
ただ海藻だと伝えたらとても驚いていたけれど。
「名前さんは不思議な物を一杯食べてるね」
「イギリスは何を食べるの?」
「母さんはよくスープ作ってたなぁ。パイとかプディングとか」
「プディング?プリン?」
「見せてあげられたら良いんだけど」
帰ったら調べてみよう、と決めておにぎりを放り込む。
何となくイギリスの料理は不味いというイメージがある。
実際はもしかしたら美味しいかもしれない。
ついでに私も作れそうなイギリス料理も調べよう。
食べ終えたお弁当箱を片付けてまた公園を歩く。
お花見しているグループが居たり屋台が出ていたり。
お花見団子があったからビルさんに買ってあげる。
嬉しそうに食べていたから甘い物は好きなのかもしれない。
確かに外国のお菓子はとても甘い物が多い気がする。
持って帰る用にと何本か買うと更に一本ずつオマケしてくれた。
お好み焼きや焼きそばも買ってしまって、家に着く頃には鞄が大変な事になっていそう。
今度は夜桜を見に来ようと約束して公園を出る。
帰りに本屋さんに寄ってビルさんの本を何冊か買った。
やっぱり前に買った分は読み終えていたらしい。
家に帰る頃には太陽がすっかり沈んでしまっていた。
夕食を買ってきた物で済ませて、デザートにはお花見団子。
緑茶を出すと今日何度目かのビルさんの不思議そうな顔。
鞄からお弁当箱を出して私は予想していたとはいえがっくりとした。
「あー…やっぱりソースの香りが付いちゃった」
「貸して」
「あ、干してきてくれるの?」
「ん?うん、まあね」
鞄を持ってベランダに向かうビルさんを見送る。
その間に洗い物を終わらせてソファーに座るとビルさんが戻ってきた。
手には鞄を持っていてあれ?と首を傾げると差し出される。
受け取ると鞄からはもうソースの香りはしなかった。
「どうやったの?」
「んー…秘密」
楽しそうな笑顔にまあ良いか、と思えてくる。
お礼を言って鞄を折り畳んでいたら腕が伸びてきた。
理解した時にはもう抱き締められていて頭は真っ白。
「名前さん、有難う」
「え?」
「色々。でも、今日一緒に出掛けられて嬉しかった」
目の前はビルさんの胸なので表情は見えない。
けれど、本当に嬉しそうに言うからもう少しこのままで良いか、と思ったり思わなかったり。
(20130423)
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