どうやら本は気に入って貰えたようで、ビルさんは私が仕事中は本を読んでいる。
ふとした瞬間に本を読んでいるビルさんを見ると嬉しくなるのだ。


出来上がったデータを送信し終えたの確認して伸びをする。
音の鳴る肩と首に苦笑いしながら振り向く。
すると同じタイミングで顔を上げたビルさんと目が合う。
終わった?と首を傾げるビルさんに頷けばあの笑顔を浮かべる。
私も笑顔を返してキッチンへと向かうと後ろからビルさんが着いてきた。
どうやら今日も料理を手伝ってくれるらしい。


「前から気になってたんだけど、ビルさんは料理得意なの?」

「得意というか、昔から手伝わされてたんだ。家族が多いからね」

「そうなの?」

「うん。弟が五人と妹が一人居るよ」


という事は両親とビルさんで九人家族という事になる。
しかも男の子だと食べ盛りはかなりの量だろう。
ビルさんはどうやら長男らしいし、何となくしっかりしているのに納得した。


「七人兄弟って事は、一番下の子はかなり離れてる?」

「一番下は妹なんだ。今12歳だよ」

「12歳?若いなぁ」


可愛いんだよ、と言って笑うビルさんが嬉しそうで、きっと家族が大好きなのだろう。
だから家族の話を強請るとビルさんはやっぱり嬉しそうに笑いながら話してくれる。
妹は皆から可愛がられているとか、双子の弟は悪戯好きでしょっちゅう怒られているとか、真面目な弟も居たりとか、チェスが上手な弟、動物が大好きな弟。
七人兄弟はやはり個性がそれぞれあって、いつも家の中は賑やからしい。
懐かしそうに、大切そうに話しているビルさん。


「会いたい?」

「…うん、そうだね。会いたいかな」

「早く、帰れると良いね」


曖昧に笑ったビルさんは切り終えた野菜をお鍋へと入れる。
九人家族の賑やかな家で育ったビルさんにこの家は静か過ぎるかもしれない。
私はもうすっかり慣れてしまっているから、気が付かなかった。
もう少し早く気が付けば良かったと思うと同時に脳は解決策を探し出す。
人は増やせないけれど、何か出来る事があるんじゃないだろうか。




翌朝私は早く起きてせっせとお弁当を作った。
お弁当箱と水筒を鞄に詰めているとビルさんが起きてくる。
私と鞄を見て首を傾げながらも挨拶は忘れない。


「今日は日曜日だよね?」

「うん。だからお出掛けしよう」

「お出掛け?」

「そう、お出掛け。ビルさんも偶には外に出なきゃね」


頷いたビルさんと朝食のサンドイッチを食べて、片付けもそこそこに家を出る。
もう四月半ばで外はポカポカとしていて暖かい。
そんな中を駅まで歩いて今度は電車に乗る。
ビルさんが少しだけ戸惑っていたからどうしたのかと思えば余り電車に乗った事が無いらしい。
今まで長距離の移動はどうしていたのだろう。
車は持っていないみたいだし、やっぱり不思議な人だ。


目的の駅で降りて其処から少し歩くと大きな公園がある。
歩きながら少し離れた場所にある桜を見てホッとした。
最近では早くに散ってしまう事が多い。
だから満開とはいかなくても残っていて安心した。
不意に腕を掴まれて足を止めて振り返る。
けれどビルさんの目は遠くの桜を見ていた。


「名前さん、あれは桜?」

「うん、桜だよ」

「イギリスにもあるけど、こんなに凄いのは初めて見た」

「近くまで行こう。この公園、桜並木があるの」


掴まれていた手を握って再び歩き出す。
ビルさんの目は桜に釘付けで少し危なっかしい。
転ばないように気を付けながら桜並木へ辿り着く。
満開だと日本人の私でも圧倒される綺麗さ。
満開じゃないのが残念だけれど、ビルさんの反応を見る限り嬉しそうだ。
風に揺れてひらひらと舞い落ちる花びらがビルさんの頭に乗る。


「満開だと良かったんだけど」

「充分綺麗だよ」

「そう?良かった」


まるで目に焼き付けるかのように桜を見つめているビルさん。
私は鞄からデジカメを取り出してビルさんと共に撮る。
それにも気付かない位夢中になっているのでつい何枚も撮ってしまう。
いつかビルさんの写真を撮りたいと思っていたので良い機会だ。


写真を撮る事に満足してビルさんの手を軽く引く。
するとやっと桜から目を逸らしてごめんと苦笑いをした。
私としては喜んでくれていたのならば充分なので首を横に振る。


「少し歩こう」

「うん」


並んで歩きながらもやはりビルさんの目は桜に夢中。
途中でデジカメを渡して操作方法を教えるとビルさんは撮る事に夢中になった。
その姿を見るだけで楽しかったので近くにレジャーシートを敷く。
其処に座ってビルさんを眺めながら持ってきた本を開いた。




(20130423)
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