「連絡も取れないんでしょ?いい加減諦めたら?」

「うん。でも、やっぱり好きだから。だから、ごめんね」


開かれていた写真を閉じて友人の前に置く。
半年前に結婚した友人は仕方無いなぁと半ば呆れたように笑った。
写真は友人の旦那さんの同僚らしく、結婚式で私を見て気に入ったらしい。
会ってみたいと言われてはいたけれど、遂に写真がやってきた。
お見合いという訳ではなくて、ただ会いたい、らしい。


「そんなに素敵な人だったなら、何で別れちゃったの?」

「別れたんじゃないよ。帰ってしまっただけ」

「じゃあ、会いに行けば良いじゃない」


友人のその言葉に苦笑いを浮かべた。
会いに行けるのなら、そんなに良い事は無い。




部屋の電気を点けてパソコンを立ち上げて冷蔵庫からお茶を取り出す。
お腹が空いたような気がするけれど作るのも面倒だ。
パンが無かったかと棚を漁ってみても一つも見当たらない。
どうしようと考えながらお茶を片手にパソコンの前に座る。
そこには去年のバレンタインのカードが飾られたまま。
ビルが居なくなって一年が経とうとしている。


居なくなって三日間は涙が止まらなかった。
戻ってくるんじゃないかと思った事もある。
でも戻ってくる気配は無く、どんどん季節は巡っていった。
元の世界へ帰れたのならば喜ばしい。
そう思えるようになったのはいつだっただろう。
それでも、相変わらずビルへの気持ちは変わらないままだった。


立ち上がったパソコンのフォルダを開いていく。
そこに入っているのはビルが撮った写真。
ビルが撮っているから勿論姿は映っていない。
けれど、これはビルが見た世界なのだ。
決して私には撮る事の出来ない世界。
一枚ずつ見ていたら突然バシンという音がした。
パソコンに何か異変があったのかと手を離すと突然後ろから伸びてきた腕に抱き締められた。


「会いたかった」


耳元で聞こえた声は記憶にある優しい声。
そんなまさか、と思いながらも間違えようが無い。
どれだけ聞きたいと願ったか解らないその声。
振り向くと最後に見た時と殆ど変わらないビルの姿があった。


「どうして?」

「原因はよく解らない。名前の元に来た理由も、今回の事もよく解らないんだけど、多分、僕の世界と名前の世界が繋がったみたい」

「え?それって…?」

「ずっと続くのかは解らないけど、行き来出来るようになったみたい」


今日突然姿現し出来て、とビルは笑う。
姿現しが何かは解らないけれど、目の前のビルは本物だ。
無意識に伸ばした手をビルの手に包まれる。


「あ、ビル、セーター出来たんだよ」

「本当?」

「うん。一回編んだけど上手くいかなくて、編み直したの。持ってくる」

「名前、待って」


取りに行こうとした私の手を引く。
どうしたのかと見上げると空いていた方の手も包まれた。


「お願いがあるんだ」

「お願い?」

「名前には名前の生活があって、簡単な事じゃないって解ってる。だから、前は絶対言わないでおこうって思ってたんだ」


そこで一体言葉を切ったと思うとギュッと手に力が込められた。
少し視線を彷徨わせたビルが小さく息を吐く。
緊張しているのが伝わってきて、私も緊張してしまう。


「一緒に居たいんだ。だから…だから、僕と魔法界に来てくれない、かな」

「え?」

「さっき言ったけど簡単じゃないのは解ってるんだ。名前にとって此処の生活は大事だろうし、国も違うし、魔法界、だし」


段々小さくなる声と共にビルの頭はどんどん下がっていく。
私は魔法界に行きたいのか?と言われたら悩む。
悩んだ末にきっと今までの生活選ぶと思う。
でも、今目の前に居るビルと一緒に居たいという気持ちはある。
一緒に居る事を、一緒に日々を過ごす事を、私は知ってしまった。


「ねえ、ビル、私は多分、そっちに行っても最初は役に立たないよ。英語も話せないし、魔法も使えない」

「それは大丈夫。英語なら幾らでも教える。生活だってこっちで名前に教えて貰った分、今度は僕が教えてあげられるし。あ、僕イギリスに戻ったんだよ。どう、かな?」

「私ね、今までの生活は大事なの。でも、それ以上に一緒に居たいって言ってくれて嬉しいし、私も同じ様に思ってる」


ただ、この手を離したくないと、思う。
あの日いつの間にか離れてしまっていた手。
きっと寂しく思う時もあるだろう。
それでも、今一緒に居たいと思ってしまっている。


「名前、それって、」

「一緒に行っても、良い?」


頷いたビルのとても綺麗な笑顔はずっと忘れないだろう。




(20140508)
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