目の前で名前が心配そうな声で何か言っているのが聞こえる。
大丈夫だと伝えたいのに目眩が酷くて伝える事が出来ない。
この目眩は記憶にあって、その時よりも酷くなっている。
何とか伝えられないか、と思っていたら手を握られた。
自分の手より小さくて体温も低い名前の手。
それに凄く安心出来てやっとゆっくりと顔を上げる事が出来た。
でもまだゆらゆらと揺れていてとても気持ち悪い。


「大丈夫?」


名前の声がスッと耳に入ってくる。
心配しているのが解る瞳。
待っていたような来ないで欲しかったような。
戻って来られるかどうかさっぱり解らない。
どうなるか解らないから、名前に伝えたい事は沢山ある。


「一緒に居たい」


そう言った瞬間に目の前がぐらりと傾いた。
目を開けていられなくてどうなっているか解らない。
ぐるぐると世界が回っているような気がする。
何とか呼吸を整えて目眩が落ち着くのを待つ。


何とか落ち着き、深呼吸をしてから瞼を持ち上げる。
そこに名前は居らず、名前の家でも無かった。
机の上に置いてある写真が動いているのが見える。
間違いなく此処はエジプトにある自分の家だ。
立ち上がって歩いてみると自分が靴を履いていない事に気付く。
向こうに置いてきてしまったのだろうか。


「名前」


解ってはいたけれど、やはり誰からも返事は無い。
ハッとして胸元に手をやるとチェーンが音を立てた。
名前がくれたドッグタグはしっかり首に掛かったまま。
これがあるという事は向こうに居たのは夢じゃない。


ポケットに手を入れると向こうで使っていた財布が出て来た。
紙幣が数枚と名前の家の連絡先の書いてある紙、それから名前がプリントした写真。
自分の隣に立って幸せそうに笑っている名前はやっぱり動いてはいない。
戻りたいだとか戻りたくないだとか、猶予も与えられず戻ってきてしまった。
言いたい事も伝えたい事も沢山あったのに。


写真をしまって財布を机の引き出しにしまう。
靴を履いて外に出た途端に熱気に包まれる。
とりあえず、本屋へと向かおう。




(20140501)
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