「ビル?」

「…え?」

「洗濯物、どうかした?」

「あ、何でもないよ」


洗濯物を持ったままボーッとしていたビルに声を掛けると笑顔を浮かべてハンガーに手を伸ばした。
あの様子がおかしかった朝から、ビルは偶にこうしてボーッとする事が増えたような気がする。
声を掛けると決まって何でもないと言って笑顔を浮かべるのだ。
多分、あの朝に何かあったのだろうというのは解る。
でもビルが話したくないと言うのなら話さなくて良いと思う。
無理に聞き出したいとも、思っていないし。
だけど、今ビルが何か困って悩んでいるなら、話を聞いて力になりたいとも、思う。


「名前、買い物行ってくるね」

「うん。気を付けてね」

「心配性。大丈夫だよ。行ってきます」


くしゃ、とビルの手に頭を撫でられる。
行ってらっしゃい、と声を掛けると振り返って笑顔を浮かべ、出て行った。
パタンと部屋の扉が閉まり、先程より重い音がして玄関が閉まる。
ビルが居なくなるとこの部屋はとても静かだ。




仕事が早く終わってしまって、まだビルも帰って来ていない。
久しぶりに一人で居ると時間の使い方が解らなくなってしまう。
何となく、以前に読みかけだった本を開いてみるけれど気が乗らない。
こんな時に読んだって何も面白くないから直ぐに閉じる。
メールチェックはしてしまったし、テレビを見る気もおきない。
洗濯物を取り込むにはまだ早い気がするし、掃除は済んでしまっている。
あーあ、と呟いた時、玄関の扉が開く音がして、近付いてくる足音。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「遅くなってごめん。仕事終わったの?」

「うん。今何しようか考えてたとこ」

「そっか。じゃあ何か手伝える事があったら言ってね」

「ん、ありがと」


チラチラと視界の隅に入る洗濯物をしまおうと立ち上がる。
ベランダに出ると暖かかった部屋と打って変わってかなり寒い。
ビルの顔が赤かったから寒いだろうとは思っていたけれどこれは想像以上だ。
そういえば天気予報では雪が降るかもしれないと言っていた気がする。
洗濯物を抱えて室内に戻ると冷蔵庫に買った物を入れていたビルが鞄を畳んでいた。


「あ、僕がやったのに。寒かったでしょ?」

「大丈夫だよ」

「でも、ほら、冷たいし」


確かめる為に頬に当てられた手は温かい。
数回撫でた手が離れ、私の腕の中にある洗濯物へと伸びる。
あ、と声を出した時にはもう全て奪われてしまっていた。
せめて手伝おうと思ったのにビルが杖を振るとあっという間に畳まれていってしまう。
やっとやる事を見つけたと思ったのに手持ち無沙汰に逆戻りだ。


「まだ何かやる事あったっけ?」

「んー…特には思い付かないかなぁ。夕飯作るくらいだけど、まだ早いね」

「じゃあ、今は何も無いんだよね」

「うん、そうだね」


何しようかと言う筈だったのに口から出たのはうわぁなんていう間抜けな言葉。
でもいきなり体が宙に浮けば仕方が無いと思う。
犯人であるビルを軽く睨んでみるけれど、それに気付いたビルはにっこり笑っただけで歩き始めた。
そのまま迷う事無く私の部屋へと入り、ベッドへと降ろされ、布団を掛けられる。
そして潜り込んで来たビルに抱き寄せられた。
目の前にあるビルの首筋にはあのドッグタグのチェーンが見える。


「少しだけ昼寝」


そう言いながら私の頭を撫でる温かい大きな手。
やる事がある訳じゃないし、反論の言葉なんて出てこない。
せっかくこうしてビルと触れ合える時間が取れたのだ。
とりあえず、今だけは心配事や不安、悩みは全て忘れてしまえば良い。
私からも体を寄せてゆっくり瞼を閉じた。




(20140214)
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