スーパーで買ってきた恵方巻き。
本当なら作りたかったけれど、材料を揃えてと考えたら億劫になってしまった。
手巻き寿司を準備していた母親は凄いと思う。


「じゃん!今日のご飯は恵方巻きだよ!」

「何?」

「恵方巻き。お寿司の一種だよ。毎年、歳徳神のいらっしゃる場所を恵方って言って、その方角を向いて一言も喋らずに願い事を思い浮かべながら食べるの」

「んー…とりあえず、食べ終わるまでは無言って事?」

「そうそう、願い事を忘れずにね。今年は東北東だから、こっち」


ビルは指差した方角を一度見て、それから恵方巻きに視線を戻す。
ジッと見つめたまま願い事、と呟いたのが聞こえた。


「叶うの?」

「うーん…どうかなぁ?実は私もあんまり食べた事無いの。豆撒きはまあ、学校でやったりしたけど」

「豆撒き?」

「邪気を払う行事だよ。大豆を撒いて、その大豆を年齢より一つ多い数食べると健康に過ごせるの」

「そうなんだ」

「まあ、細かい事は気にしないで、食べようか」


難しい顔をしていたビルが頷いたのを見て恵方巻きを渡す。
私も恵方巻きを手に向かい側からビルの隣へと移動。
そして二人で恵方巻きにかぶりつく。
余り長さが無い物を選んで来たけれど、なかなかにボリュームがある。


半分食べたところで、願い事の存在を思い出した。
願い事、と呟いた声を思い出してチラリとビルを盗み見る。
ビルは真っ直ぐ東北東を向いて恵方巻きを食べ進めていた。
このままずっとビルと過ごせたら良いとは思う。
けれどそれを願う訳にはいかない、願ってはいけない。
ビルには帰るべき場所があって、ビルを待っている人達が居る。
ならば、ビルが無事に帰れますように、だろうか。
でもそれを心の底から願えるかと聞かれたら悩んでしまう。
側に居て欲しいとも無事に帰れるようにとも私は心の底から願えない。
ただ、私はビルにはいつも笑顔で幸せでいて欲しいと思う。
それだけは、心の底から願う事が出来る。


最後の一口を飲み込んでホッと息を吐いた。
一人なら喋らないなんて容易いのに、ビルが居るだけで喋り掛けたくなってしまう。
それに、先に食べ終えたビルにずっと見られていたのだ。


「お疲れ様?」

「どうして疑問系なの?」

「合ってるかなって、思って」

「どうかなぁ」

「でも、こっちに来てから沢山願い事をした気がする」


そうなの?と聞けばビルはにっこり笑って私の腕を引っ張る。
そのまま抱き締められて、肩にビルの顔が埋められたのが解った。
首に触れる髪の毛が少しだけ擽ったい。
普段高い位置にある頭が今は簡単に手の届く場所にある。
ぎゅっと抱き締められてさえいなければ、の話だけれど。


「名前は、色んな事を教えてくれるね」

「そんな事無いよ。色々調べたりしてるんだから」

「うん、知ってる。嬉しいよ」


耳元で聞こえる優しい声。
どんな表情をしているのか見てみたいけれど、離れ難い。
それに、ビルの手は離れなさそうだ。
それが嬉しくて自然と顔は笑ってしまう。
ビルに触れているとこうなってしまうから、本当に、困る。


「何、お願いしたの?」

「秘密…でも、名前の事だよ」

「私?」

「そう、名前の事」


何となく、今ビルは笑顔なんじゃないかって、思う。
ただ本当に何となく、そう思うだけ。
駄目だと解っているのに願いたくなってしまう。
このままビルの側に、ずっと一緒に居たいのだと。




(20140203)
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