手の中のドッグタグと眠っている名前を見て心が締め付けられる。
既に日付は変わっていて、今はただ静かな中に秒針の音が響く。
ドッグタグを貰って、そこに刻まれている文字を見た時は純粋に嬉しかった。
此処に来た日を名前は忘れずちゃんと覚えていてくれている。
けれど名前の表情は曇っていて、その理由は直ぐに解ってしまった。
このドッグタグは名前と過ごした日々が本物なのだと証明してくれる。
此処に居る間も、元の世界に戻ってからも。
きっといつか、名前を泣かせてしまうのだろう。
その時、側に居て涙を拭う事は出来ない。
口には出さないけれど、きっと名前はそれを解っている。
想いが通じたあの日から偶にこれで良かったのかと不安になる事があった。
いつどうやって帰れる事になるのかは解らない。
そんな先の見えない状況なのに想いを告げて良かったのだろうか。
でも毎日一緒に過ごしていくとどんどん愛しくなってしまう。
触れられる距離に居るから、どんどん触れたくなる。
「ごめんね」
毛布を掛け直して頬にそっと触れた。
愛しいという気持ちがまた新しく生まれる。
元の世界に帰りたいけど名前を手放したくない。
あわよくばそんな我儘が許されないだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
どんな日を過ごしたって毎日太陽を昇って沈む。
今日も名前は仕事をする一方で家事をこなす。
朝起きた時に名前はもういつもの名前だった。
それに少し安心したのと、少し寂しく思ったのと。
「ご馳走様でした。ビル、お料理上手くなったね」
「毎日作ってるからね」
「はは、やっぱり申し訳無いなぁ」
苦笑いを浮かべて食器を片付ける名前を追い掛けて並ぶ。
カチャ、と食器同士がぶつかって音を立てた。
自分よりも低い位置にある名前の頭を見つめる。
すると無性に触れたくなって、塞がっている両手の代わりに唇で髪に触れた。
「どうしたの?」
「何か、そんな気分?」
パチパチ、と此方を見上げながら瞬きを繰り返す。
それを見て自然と口角が上がっていく。
触れられる距離で、こうして会話が出来る。
それなら、いつかが来るまで後悔の無いように過ごしたい。
「名前、今日は仕事終わりに出来ない?」
「ん…大丈夫だけど、どうして?」
「デートしようよ。名前と過ごしたい」
「い、良いけど」
そう言って急にソワソワし出した名前の頬にキスをする。
今度はボッと顔が赤くなって俯いてしまった。
(20131227)
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