時計を見て、窓の外を見て、玄関を見る。
もう暗くなってしまった空には月が浮かぶ。
寒いし冷蔵庫に練り物があったからと作ったおでん。
コトコトと煮込まれている土鍋からは良い香りが漂っている。
散歩に行くと言ってビルは出掛けていった。
一人で出掛けるなんて初めてじゃないだろうか。
コンロの火を止めてコートに腕を通す。
外に出ると冷たい風が吹き抜けていく。
秋とは言え夜はすっかり寒くて初冬のようだ。
下まで降りてエントランスを抜ける。
ビルは居ないかと周囲を見てみてもそれらしき人は見当たらない。
いざとなればビルは魔法でどうにでも出来るだろうから余程の事は無いだろう。
それでもやっぱり心配で、どうにも落ち着かない。
歩道の方も見てみようと一歩踏み出すとベンチに座っている人影が見えた。
長い髪をポニーテールにしてボーッとした様子で座っている。
何を見ているのかと目で追ってみると私の部屋を見ているように見えた。
昼に出て行ったままの姿のビルは薄着で見るからに寒そう。
空いていた隣に座ってもビルは上を見上げたまま。
「此処に居たんだ」
「ごめん。直ぐ帰ろうと思ってたんだけど」
ビルの首に持ってきたマフラーを巻くと青色の瞳が此方を向いた。
有難うと呟くように言うとビルはふわりと笑う。
耳も鼻も頬も赤くて、長時間此処に居た事が解る。
「帰る?」
「ん、帰ろっか。名前が迎えに来てくれたし」
立ち上がったビルと並んでエレベーターに乗り込む。
それだけで少し寒さが和らぐから、やっぱり夜は寒いのだ。
交代でお風呂に入って、一緒におでんを食べてからお茶を片手にテレビを見る。
ビルの口数が少なくて部屋はいつもよりとても静かだ。
テレビの中ではタレント同士がゲームで対戦して騒いでいる。
余り見ていなかったけど、ビルが来てからテレビを見る事が増えた。
何て言っているか解らないと言うけれどそれなりに楽しいらしい。
ふと、ビルの手がリモコンに伸びて電源ボタンを押した。
真っ暗になったテレビ、そして音の消えた部屋。
「今日、ずっと一人で考えてたんだ。家族とか、友達とか、皆元気かなって」
「う、ん」
「また会えなかったら、なんて考えも浮かんだんだけど、でも何か、また会えるような気がするんだ」
そう言って魔法界の人達を思い浮かべているかのように笑うビルは柔らかい雰囲気を醸し出す。
散歩に行きたいと言い出した時はふらふらと揺れているように心許ない様子だった。
一人でずっと考えて、気持ちに余裕が生まれたのだろう。
此処に来てからずっと一緒に居たから、偶には一人の時間も大切だ。
「でも、魔法界の事考えてた筈なんだけど、考えれば考える程名前の顔が浮かぶんだ」
「え?」
「名前に会いたくなって早く帰ろうと思ったんだけど、部屋の明かり見てたらそれだけでなんか、幸せだって思っちゃって」
「だから、あそこに居たの?」
「うん。迎えに来てくれて嬉しかった」
ビルの笑顔を見てドキドキと忙しなく動く心臓。
好きだと言ってくれて、そしてきっと私も同じ気持ちだ。
なかなか言葉に出来ないのは同じ世界の人間じゃないから。
でも、だから何だって言うのだろう。
今私の目の前に、手の届く所にビルが居る。
「ビルが好き」
言葉にしてしまえばとても簡単な事だった。
はにかむように笑ったビルの顔があっという間に見えなくなる。
同じように大きな背中に腕を回してビルの胸に顔を埋めた。
(20131213)
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