そっとリビングを覗いて誰も居ない事を確認すると大きく息を吐いた。
紅茶淹れて一口飲んでから仕事をする為にパソコンの前へと座る。
カチカチとマウスをクリックする音と外から聞こえてくる音だけが部屋に響く。
メールチェックを終えて一息吐くと途端に強い空腹感に襲われて思わず顔を顰める。
やはり空きっ腹にストレートな紅茶は良くなかった。
ミルクを足してチビチビ飲みながら昨夜の事を思い出す。
思い出そうとしなくても浮かんでくるのだけど。


「まさか、なぁ」


声に出ていた事に気付いてリビングの扉を見るも気配は無くホッと息を吐く。
まさかなんて言ってみたものの、やっぱりと思った。
でもビルはこの世界の人間では無くて、いつ元に戻るか解らない。
もしかしたら戻れないかもしれないけれど、戻れる戻れないは知りようも無い事だった。
例えばビルがこの世界の人間だったら何か違っていただろうか。


相変わらず空腹を訴えてくる体に素直に従う事にした。
空腹の状態だと物事を考えるのがどうも上手くいかない。
お味噌汁を作る傍らベーコンエッグを焼いていたら扉が開いた。
思いきり目が合ってしまい、逸らす事も不自然な気がする。
おはようと声を掛けると同じようにおはようと返ってきた。


「何か手伝うよ」

「あ、うん。じゃあ、ご飯よそってくれる?」

「解った」


ビルがご飯をよそっている間に料理を運び、向かい合って座る。
いつものように手を合わせてから食べ始めるけれど、何だか居心地は良くなかった。
ビルは普通にしているからそう感じているのは私だけかもしれない。
昨夜ビルは酔っ払っていたから覚えていない可能性だってあるのだし。


「名前、昨日の事なんだけど…嘘じゃ無いから」

「あ…うん」


考えが読まれていたのかというタイミング。
頷いて食事を再開するけれど、こんなに静かなのはビルが来てから初めてかもしれない。




チラッとベランダに目を向けるとビルが布団を干しているのが見える。
秋晴れだという今日は程々に暖かく、風が吹くと少し肌寒い位で過ごしやすい。
ビルは変わらず家事をしたり本を読んだりして私は仕事の為パソコンに向き合っている。
でもぐるぐるとビルの事が頭の中を回っていてなかなか集中出来なかった。
ああ言われてしまったら、今まで通りの関係でなんかいられない。
もし友達で居ましょうという事になってもお互い気まずいと思う。
ああ、だからビルはごめんと言ったのか。
関係を変化させてしまってごめん、という意味。


「リナ」

「な、何?」

「紅茶飲む?」

「あ、うん」


それにしてもいつも通り過ぎやしないだろうか。
キッチンに向かう背中を見ながらこっそり溜息を吐く。
ビルの事が好きか嫌いかと言えば、好き。
触れ合うのが嫌かと言われたら、嫌じゃない。
寧ろビルに抱き締められると落ち着くとすら思う。
あれ?これ好きなんじゃないの?と心の中で声がした。


「はい、お待たせ」

「…」

「名前?」

「あ、あのね、仕事頑張る!」

「うん…?頑張ってね」


にっこり笑ったビルからマグカップを受け取ってパソコンに向き直る。
ビルの顔を見たら何だか熱くて堪らない。




(20131205)
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