食後の紅茶を淹れ直して改めて向き直る。
とにかく話をしなければどうする事も出来ない。
ポツリポツリと話し始める彼の声に耳を傾ける。
話が進むにつれて段々と混乱して来てしまう。


彼はイギリス人でエジプトの銀行で働いているらしい。
その割には長い髪にロックコンサートに行ってもおかしくない恰好をしている。
気になったけれどもしかしたらエジプトでは良いのかもしれないし、と言葉を飲み込む。
仕事場で急に眠くなり、目が覚めたらこの部屋で箒を構えた私が居たらしい。


「飛行機で来たんですか?」

「飛行機?」

「あ、でも此処で目が覚めたなら違うかな…もしかして夢遊病?」


浮かぶ可能性を呟いてみたけれど夢遊病には見えないし。
そもそも幾ら夢遊病だとしても飛行機なんて乗れないだろう。
残る手段は船だろうけれど、どれも私の部屋に居る理由が説明出来ない。
戸締まりはしっかりしたし、確認したけれど開いた形跡も無かった。
彼自身もどうして此処に居るか解らないようだし。


「パスポートは持ってますか?」

「パス、ポート?って、何ですか?」

「えっ?」


言葉が出なくなってしまった。
エジプトで働いているから持っている筈。
銀行で働いているなら尚更だろう。
もしかして、不法入国だろうか。
彼の話が本当なら今現在も不法入国になるのだけど。


「帰る方法はあります。ただ、今は出来なくて…」

「それは、いつか出来るようになりそうなんですか?」

「多分…自信は無いけど」


そう言って彼は俯いた。
先程も思ったのだけど、彼はかっこいい。
眉を寄せて考え事をしている姿も絵になる。
カメラがあれば間違いなく撮るだろう。


そんな事を考えている事に気付いて慌てて頭を切り替える。
どういう方法かは解らないけれど彼は帰る方法があると言った。
今は出来なくて、どうやら時間がかかるらしい。
そうなると考えなくてはいけないのはこれからの事。


「あの、その方法が出来るようになるまで、家に居ますか?」

「え?」

「行く所、無いですよね?私は一人暮らしだし、きっと今の話は信じて貰えないだろうし」

「貴女は、僕を信じてくれるんですか?」

「半信半疑だけど、実際にいきなり現れた訳ですから」


何も持っていない人を放り出すのもなんか、ね。
その辺りで倒れられても気分的に余り良くないし。
もし彼が犯罪者とかだとしたらその時はその時だ。
少し話をした今の所、そんな可能性は低い。
小声でお願いしますと言った彼に覚悟を決める。


「じゃあ、とりあえず買い物に行かなきゃいけないですね。えと、ウィーズリーさん」

「あの」

「はい?」

「ウィーズリーさんってあんまり呼ばれ慣れてなくて、ビルって呼んで下さい」

「ビル、さん?」


満足気に頷いたビルさんは私の事を名前で読んでも良いかと確認を取って初めての笑顔を見せた。
かっこいい人が笑顔になってもやはりかっこいい。
今度写真を撮ろうと決めて着替える為に寝室に戻る。


駅までの道程を歩きながらビルさんはキョロキョロしていた。
首が疲れてしまうんじゃないかと思う程。
行った事が無いから私には違いが解らない。
イギリスと日本の街並みはそんなに違うだろうか。


少しだけ注目を浴びながらも駅前のショッピングセンターに無事着いた。
何せビルさんは背も高いし髪の毛も明るい色だし瞳は青だし、とにかく目立つ。
かっこいいから女性が振り向くのも仕方の無い事だと思う。
隣を歩いているのが何だか申し訳無くなってくる程の視線だった。
この中でもきっとそうなのだろうから早く慣れなければ。


「そういえば、ビルさんって幾つですか?」

「23です」

「え?」

「どうしました?」

「私より…年下」


私もかなり驚いたけれど、ビルさんも同じ位驚いている。
日本人は童顔だから仕方無いとは言え、もしかしたら年下に見られていたかもしれない。


「てっきり僕より年下かと、思ってました」

「…やっぱり」

「あの、ごめんなさい」

「ビルさんが悪い訳じゃ無いですよ」


行きましょう、とビルさんの腕を引っ張る。




(20130408)
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