すっかり暗くなった道に吹く風はすっかり秋の物。
この間まで暑かったような気がするのに、あっという間だ。
金木犀の香りが漂う中、家までの道を歩く。
取引先の人との食事ですっかり遅くなってしまった。
ビルには一応遅くなると伝えているけれど、気持ちは先へ先へと進む。
年下とは言えビルは小さな子供では無いから大丈夫だとは思うけれど。


ビル用に携帯を買おうかと思った事もある。
でも、使う機会も無いし何よりビル自身が欲しがらない。
こういう時にあったら便利だろうなとは思う。
滅多にこういう時っていう状況は無いけれど。


「名前」


突然呼ばれた声に聞き覚えがあってまさかと思いながら顔を上げる。
頭に浮かんだ通りの人物が近付いて来ていた。


「ビル、何で此処に…ってそれより家の鍵は?」

「大丈夫、ちゃんとしてきたよ。ほら」


そう言ってこっそり杖を見せられて慌てて周りを確認する。
それなのにビルは呑気に大丈夫だなんて言いながら笑う。
周りを歩いている人も居るけれど、誰も気付いた人は居ないようだ。


「バレたらどうするの」

「大丈夫だよ。名前にしか見えないから」

「そういう問題じゃないんだけど…それで、どうしたの?」

「夜道は危ないから迎えに来た。ちょっと遅くなっちゃったけど。ほら、帰ろ」


当たり前のように手を握られて歩き出す。
女の子扱いは相変わらず擽ったい。
慣れないのもあるけれど、ビルは当たり前だと言うのだ。
間違いなくビルは学校でも職場でもモテただろう。
温かい手に包まれていると落ち着くような落ち着かないような。


「よく解ったね、私の帰る時間」

「ん?まあ、色々とね」


悪戯に笑うビルの様子から何かしたのだと解る。
今度教えて貰おうかとも思ったけれど、きっと私には出来ないだろう。
聞くのを諦めて何となく空を見上げると月が真ん丸だった。
そういえば今朝のニュースで満月が、と言っていた気がする。


「あ、今日十五夜だ!中秋の名月!」

「チュウシュウ?メイゲツ?」

「中秋の名月。八月十五夜の夜の月の事を中秋の名月って呼ぶの。中秋っていうのは旧暦で8月15日って事」

「うーん?」

「ふふ、要はね、月を見て楽しむの。日本ではお月見団子とか里芋とかお酒と一緒にね」


解ったような解らないような不思議そうな顔のままビルが頷く。
やっぱりお月見は日本独自の風習なのだろうか。
帰ったらお酒とお団子を用意してお月見をしよう。
そうすれば何となくだけどビルに伝わるかもしれない。
お団子が無かったら、何か代わりになる物を探さなければ。


玄関に入ると家に着くまでずっと繋いでいた手を離す。
途端にひやりとしてどれだけビルの手が温かいかが解った。
少し名残惜しいけれど帰り道に考えていた通り、お酒とお団子を探す。
お酒は日本酒があったけれどお団子は見つからない。
冷凍庫を開けると料理に使おうと思っていた枝豆があったから、それを解凍する。
手伝うと言ったビルに窓際まで運んで貰い、更にソファーも動かして貰った。
せっかくだから部屋の電気を消して小さなライトスタンド一つだけにする。


「暗いかと思ったけど、案外明るいね」

「満月だからね。とりあえず、乾杯」


お猪口に注いだ日本酒を不思議そうな顔でビルは飲み干した。
様子を窺っていると頷いたのでどうやらいけるらしい。
新たに注ぐとビルはそれをまた飲み干す。
ビルはなかなかお酒に強いんじゃないかと思う。
眠っているお酒はまだまだあるからこういう機会に開けるのも良いかもしれない。


「月を見て楽しむ、か。魔法界では無いなぁ」

「そうなの?」

「満月の夜は人狼が出歩くからね」

「人狼?満月の夜に変身しちゃうってやつ?」

「うん、そうだよ」


魔法界の人狼はとても危険で世間的にも忌み嫌われる。
ビルの説明を聞きながら私の知っている狼男はどうだったか思考を巡らす。
余り大差無いような気がするけれど、一番大きいのはその存在。
私からすれば人狼、狼男なんて映画や小説、架空の生き物。
それがビルの世界では実在していて映画や小説の通りなのだ。
それでもやっぱり聞いただけだから、何処か現実味が無い。


「魔法界にはまだまだ私の知らない生き物が沢山居そう」

「居ると思う。名前にも見せてあげられたら良いんだけど」

「そんな機会があったら、是非見せてね」


そう言うとビルは瞬きを数回した後、にっこりと微笑んで首を縦に振る。
それに満足してお猪口を空っぽにすると月もビルの顔も更に綺麗に見えるような気がした。




(20130922)
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