すっかり風が冷たくなって空気がどこか秋らしくなってきた。
ビルは相変わらず家に居て、相変わらずの生活を続けている。
あの貸別荘での出来事には触れられないままなのだけど。
やっぱりずっと一緒に居るのが問題なのかもしれない。
でも此処にビルを一人置いて離れるなんて選択肢は無いのだ。


あーあ、と溜息を吐き出してクローゼットの扉を閉める。
すると何処から現れたのか、ビニール製の袋が落ちてきた。
拾って中身を確かめると線香花火が何本も入っている。


「線香花火かぁ」


ぽつり、と呟いた瞬間直ぐに体が動いてリビングへと急いだ。
ライターと蝋燭を探し出し、バケツに水を入れてベランダに置く。
蝋燭立てを見つけて蝋燭を立ててから火を点ける。
その間ビルは何も言わずに不思議そうな顔で此方を見ていた。


「何するの?」

「これだよ」

「花火?」

「うん。線香花火」

「せんこう?」


聞き慣れないのだろう、首を傾げたビルに線香花火を持たせる。
そのままビルの手を動かして火を点けるとバケツの上へ持って行く。
火の点いた線香花火はパチパチと火花を発し始める。
けれど、次の瞬間には先に出来た玉がバケツへと落ちていった。


「何、今の」

「今のが線香花火だよ。今出てた火花と先に出来た玉を見て楽しむの。あんまり動かさないと長持ちするかもよ」

「名前、先に言ってよ」

「ふふふ、ごめんごめん」


ビルの手から終わった線香花火を受け取ってバケツへ入れる。
新しい線香花火を手渡すと今度は自分で火を点けた。
先程は驚いたみたいだったけれど、今度は大丈夫なように見える。
線香花火の火花はいつ見ても綺麗で何だか心が落ち着く。
これをやると夏だなぁと思うのはやっぱり日本人だからだろう。


「線香花火ってね、最後まで落ちずに消えたら願いが叶うってよく言うの」

「それって、七夕みたいな?」

「七夕は神事だからちょっと違うかな。言い伝えみたいなものだよ」

「名前は願いが叶った事ある?」

「どうだったかなぁ…あんまり覚えて無いかも」


子供の頃は願い事が沢山あったような気がする。
本当に小さな願い事ばかりだったけれど。
お菓子が欲しいとか新しい玩具が欲しいとか。
小さな子供ならきっと誰しも思った事のある願い事。


「あ、一つ思い出したよ」

「何?」

「魔法が使えますようにって。叶わなかったけど、本物の魔法使いには会えたわ」

「僕からしたら名前こそ不思議な物で一杯だよ」


テレビに電気に、と次々挙げていくビルの手の中の線香花火からは玉が落ちた。
あ、と言ったビルと目が合うと笑いが込み上げてくる。


「ね、勝負しようよ」

「勝負?」

「先に落ちた方が負け。負けた方は…うーん、どうしようかな」

「落ちなかったら願い事が叶うんだよね?なら、相手の願いを叶えるっていうのはどう?」


ビルの提案に賛成してそれぞれ線香花火を持つ。
火を点けて二人で小さなバケツを囲む。
誰かと線香花火をするのもこういう勝負をするのも久しぶり。
何だか嬉しいなぁと思っていたらビルの線香花火の玉が落下した。


「負けちゃった…名前、手出して」

「手?はい」


差し出した手にビルの杖が握らされた。
私が全く魔法を使えないのは知っている筈。
どうするのかと思っているとビルの手が添えられた。
そして杖と一緒に手を握られる。


「ちゃんと握っててね」

「うん」

「オーキデウス」


そうビルが唱えた瞬間に杖の先から薔薇の花が飛び出した。
ビルは私の手を離すと薔薇を拾い上げる。
手の中に残された杖はもう何も出す気配は無い。
ジッと杖を見つめていたら不意に髪の毛にビルの手が触れた。
ふわり、と同時に薔薇の濃い香りが漂う。


「願い事が叶った気分はどう?」

「ちょっと無理矢理だけど、嬉しい」

「良かった」


ビルが杖を振ると花瓶が現れてあっという間に飾られる。
自分の部屋に薔薇が飾られているのはかなり久しぶりかもしれない。




(20130908)
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