貸別荘に戻るとビルが魔法を使って窓を開けた。
その瞬間に涼しい風が通り抜けていく。
ゆらゆらとビルのポニーテールが揺れる。
こっそりシャッターを切ると思いの外音が響いた。
それに気付いたビルが振り返ってまた呆れたように笑う。
「名前、写真撮るの好きだよね」
「だって、ビルって絵になるんだもん」
「そうかな?」
日本人から見れば外国人は何をやっても絵になる。
特にビルの整った顔立ちはつい撮りたくなってしまうのだ。
適当に誤魔化してビルに笑顔を向ける。
得意だと言っていたビルの為に用意したチェス。
教えて貰いながら一つずつ駒を動かしていく。
全くの初心者だから強さなんてさっぱり解らない。
でもビルの教え方が上手な事だけは解る。
ただ、私が駒の動きを覚えるのに精一杯で勝負にはならなさそうだけど。
「魔法使いのチェスは、動くんだよ」
「動く?もしかして、駒が?」
「うん、そう」
そう言ってビルが駒を一つ動かす。
次の手を考えながら全体を観察する。
思い付かない私にビルがヒントを出してくれた。
どうやら覚えるまで時間がかかりそうだ。
「英語の本もあるのに、チェスの本までは読めないなぁ」
「大丈夫。僕が居る間は覚えるまで教えるよ」
ビルの言葉にうんと頷く事しか出来ない。
帰ってしまうのを寂しいと思ってしまうなんて良くないのだ。
後どれ位ビルはこっちに居られるのだろうか。
そもそも、この世界に来た原因も謎なままなのだけど。
備え付けのキッチンで作った晩御飯を食べ終えてお風呂に入って汗を流す。
夜は本当に涼しくてお風呂上がりの肌を風が撫でていくのが心地良い。
空が見える窓際に並んで座って家から持ってきたワインを開けた。
家のベランダからは見られない綺麗な星空を見ているだけでどんどん進む。
「名前、また酔っ払うよ」
「大丈夫だよ」
「僕だって男なんだから、知らないよ?」
からかうように言ったビルの手が私の頭に伸びてきた。
頭を撫でられるのは大人になっても嬉しく感じる。
緩む頬を誤魔化すようにグラスを傾けて空にした。
酔っ払うよと言いながらビルは私のグラスにワインを注ぐ。
「ビルは、元の世界に好きな人とか居たの?」
「居なかったよ。仕事が楽しかったから」
「じゃあ、本当に一人暮らしだったんだね」
「うん。だから誰かと暮らすなんて家を出て以来だよ」
「一人暮らし、寂しかった?」
「ちょっとね。賑やかな家だから」
そう言うビルの横顔が寂しそうに見えて思わず手を伸ばした。
頬に触れると、青色の瞳が動いて私を捉える。
動かす事も離す事も出来ないでいるとその手を掴まれた。
温かい手がやんわりと私の手を握る。
「名前は、僕が来る前に、好きな人居たの?」
「居ないよ。最後に恋人が居たのなんてもう随分前だし」
「…そっか」
掴まれている手を引っ張られてビルの胸に倒れ込む。
同じシャンプーの匂いがして、それにくらくらする。
ワインのせいか、それとも別の何かが原因か。
どちらにしてもビルから離れようという気持ちは起こらない。
触れている体温が心地良くていつまでも触れていたいと思ってしまう。
やっぱり、私は酔っ払っているのかもしれない。
「ごめんね」
耳元で囁いたと思ったビルの唇は私の唇に触れていた。
一度だけでなく離れてはまた触れて、と何度も。
ふわふわする頭でビルのキスを受けながら掴まれていた手を解いてしっかり手を握った。
(20130820)
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