「名前」


パソコンと向かい合う名前に声を掛けると肩が跳ねた。
ぎこちない動きで振り向き、落ち着かないように目が泳ぐ。


昨夜、名前は家に帰るなり寝室に真っ直ぐ入った。
おやすみと言われてしまえばもう扉を開けられない。
朝になったら話せるかと思っていたのに名前は僕よりも早く起きて仕事を始めていた。
昨夜は袋に入っていた金魚が今は金魚鉢で泳いでいる。


「あの、お昼どうする?」

「え?お昼?」

「うん、僕作るよ」

「あ、あの…ええと、そう!私ちょっと今から出掛けなきゃいけないの!ビルは好きに食べてね」


一息でそう言うと名前はパソコンをそのままに鞄を掴んで出て行ってしまった。
バタンと玄関の扉が閉まる音に大きく息を吐き出す。


「参ったなぁ」


呟いても返事は無くて、金魚の前に座り込む。
金魚が自由に泳いでいる金魚鉢の横には青色の水風船が置いてある。
ビルの目みたいだね、と笑った名前の顔が浮かんだ。


「名前、いつ帰るかな」


やっぱり誰からも返事が無くてただ金魚が口をパクパクさせただけ。




頬を何かが撫でた擽ったさで目が覚めた。
明るかった筈の外はすっかり暗くなっていて部屋は電気が点いている。
慌てて顔を上げると驚いた顔の名前が居て、咄嗟に手を握った。


「起きてた、の?」

「…ううん、今起きた」

「そっか」


会話が途切れてしまい、部屋は沈黙に包まれる。
咄嗟に手を握ったけれど、何を言ったら良いのだろう。
謝れば良いのか言い訳すれば良いのか。
でも、この手を離してしまったら話し掛けるきっかけが無くなる気がした。


「昨日の、事なんだけど」

「…き、気にしてないから!」

「え?」

「大丈夫、私子供じゃないし、一時の気の迷いだってあるし…ビルとずっとギクシャクしたままは嫌だし」


俯いてしまった名前の手を離すとするりと抜けていく。
多分、名前が言った最後の言葉は僕も同じ事を思っていた。
だから、あれは気の迷いじゃなかったけれど、名前の言葉に頷く。
顔を上げて見せてくれた笑顔に心臓が騒ぎ出す。
ああそうか、僕は名前の事が好きなんだ。


自覚してしまえば後は体が素直に反応するだけ。
ドキドキ、と煩い心臓を気にしないようにして笑顔を作る。
迷惑を掛けたくないからこの気持ちは名前には伝えられない。
心の中にしまって蓋をしておかなければ。


「ビル、晩ご飯食べたら写真プリントしよう。アルバム買ってきたの」

「うん」


ドキドキ、ドキドキ、心臓の音が煩い。




(20130809)
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