「ビルも、会いたい人に会えると良いね」
そう言った名前の声が耳から離れない。
風に揺れる短冊や七夕飾りに手を伸ばした。
名前の字で書かれたそれは僕には読めない文字。
指で文字を辿って真剣な表情の名前を思い出した。
部屋の中を見るとパソコンと向き合っている名前が見える。
一つに纏められた髪の毛が風で揺れた。
取り込んだ洗濯物を魔法で畳んでクローゼットや棚に戻す。
掃除機に向かって杖を振ってちゃんと動いた事を確認してキッチンへ向かう。
大きめの鍋に一杯お湯を沸かしてその中に素麺を二人分入れる。
素麺も茹でる時間もどうやって食べるかも全て名前に教えて貰った。
夏は麺の方が箸が進むのだと言っていた名前の顔が浮かぶ。
「あ、今日はお素麺?」
掃除機も片付けてテーブルに食器を並べ終えたところで名前が振り向いた。
立ち上がって伸びをしながら視線を巡らせた名前の目が短冊で止まる。
一瞬細められた目は次の瞬間には何も無かったかのようにいつもの表情に戻った。
向かい合って手を合わせると名前は嬉しそうに食べ始める。
「そういえば、ホグワーツは天文学があるんだっけ?」
「うん」
「じゃあ、星がよく見えるんだ。羨ましい」
「あ、天の川?」
あとはベガとアルタイル、と言いながら名前は素麺を啜る。
あの天文台に名前を連れて行ったら喜ぶだろうか。
でも、魔法使いにしか見えないホグワーツは連れてはいけない。
連れて行っても廃墟にしか見えないし、その前に世界が違うのだ。
魔法界に連れて行こうなんて、名前を今の僕と同じ立場にしてしまう。
「名前、ホグワーツ…行ってみたいと思う?」
「思うよ。そこから帰れるならね。自由に行き来出来たら楽しそう」
魔法界と名前の居るこの部屋を自由に行き来出来る。
想像してみると、それはとても魅力的だった。
今からでも短冊に書きたいとさえ思う程。
名前に聞いた話通りならもう間に合わないのだけど。
片付けが終わり名前を探すとベランダに居た。
背伸びをして一生懸命高い所にある飾りを外している。
後ろから近付いて手を差し出すと名前が顔を上げた。
「吃驚した」
「呼んでくれたら良かったのに」
「ビルが片付けしてる間に準備しちゃおうと思ったの」
「準備?」
高い所にある飾りを外しては名前へと手渡す。
そんなに数は無いからあっという間にネットは何も付いてない状態に戻った。
名前は外した飾りと短冊を一纏めにして置かれている缶の中に入れる。
どうするのかと見ていたら火の点いたマッチを放り込んだ。
「燃やしちゃうの?」
「うん。願い事が煙になって織姫様と彦星様に届いて叶いますように、って」
本当は燃やすのも今は良くないんだけど、と名前が苦笑いを浮かべる。
煙は缶の中から立ち上ってどんどん空へと消えていく。
自分が書いた短冊も名前の短冊もあっという間に燃えて灰になる。
「皆燃やすの?」
「地方によっては地面に埋めたり川に流したりもするみたい」
「同じ行事でも色々なんだね」
「そうね」
お水持ってくるね、と言って名前はキッチンへ向かった。
もう少ししたら全て燃えて無くなるだろう。
煙がちゃんと、願い事を届けてくれるだろうか。
名前の願いが叶いますように、と書いた短冊を思い浮かべた。
(20130701)
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