辞典を買ってからビルは時間があれば辞典を見ている。
テレビで聞こえた言葉だったり新聞で見た言葉だったり。
それと同じだけ図書館で借りた本も読んでいる。
何となく解ってはいたけれどビルは読書家だ。
あれだけ熱中して読んでくれれば買った甲斐もある。
不意に嬉しそうにはにかみながら笑ったビルの顔が浮かんだ。
メールの送信完了を確認してからスリープ状態にしたパソコンを閉じる。
伸びをするとこの間付けた風鈴がチリンチリンと鳴った。
時計から窓の外へと目を向けると綺麗なオレンジが広がっている。
「ビル、手伝って」
「うん?」
辞典から顔を上げたビルは不思議そうに首を傾げた。
ベランダに出た私は前もって用意しておいたネットを付ける。
高い所をお願いするとビルは不思議そうにしながらも結んでくれた。
本当は笹飾りを作りたいけれど燃やせない。
環境保護だと言われたら反論出来ないのも確かだ。
何とも味気ない世の中だと思う。
一軒家でもないし、仕方が無いのだけど。
「出来たよ」
「有難う!じゃあ、今度は中ね」
「う、うん」
戸惑い気味のビルの手を引いて準備しておいた物をテーブルに置く。
インターネットとは便利なもので、折って切るだけで飾りが作れてしまう。
鋏を渡すとビルは点線にそって切りながら飾りをまじまじと見つめている。
一通り切れたら今度は短冊とペンの出番。
「これに願い事を書いてね」
「願い事?」
「うん。叶えて欲しい願い事」
首を傾げるビルに短冊を数枚渡して自分の短冊に向き直る。
子供の頃は有り余る程あった願い事も今は余り浮かばない。
よくあるのは恋愛関係だったりするのだろうけれど、それも特に書く気にはならないし。
久しぶりに書くからとウキウキしていたけれど案外大変かもしれない。
「願い事って、何でも良いの?」
「何でも良いよ。あ、ちゃんと名前も書いてね」
「うん、解った」
そう言ってペンを動かし始めたビルを見ていたら一つ浮かんだ。
私もペンを握り直して短冊に文字を書いていく。
読み返した短冊を見て少しだけ覚えたのは寂しさ。
書き終えた短冊と飾りをネットに括り付けていく。
高い所はビルがやってくれているので私は下の低い所。
ビルの短冊は私にはとても読めるものではなかった。
私も英語の勉強をしようかと少しだけ思う程綺麗な筆記体。
けれど、ビルは私の短冊が読めないしそこはお互い様だ。
飾り付けをしながら七夕についての説明をする。
本当は笹飾りを作るという話から織姫と彦星の話まで。
「夫婦なのに一年に一度しか会えないなんて、寂しいね」
しゅん、としてしまったビルの顔を見上げて思わず手を伸ばした。
背伸びをして頭を撫でるとビルは動きを止めて瞬きを繰り返す。
「きっと今頃お互いに会えるのを楽しみにしてる頃かな」
「そうだと、良いな」
「ビルも、会いたい人に会えると良いね」
ビルが無事帰れますように、と自分の字で綴られた短冊が風に揺れる。
忘れてはいけない、ビルの本当に居るべき場所は此処では無い。
(20130628)
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