梅雨が明けるとぐんと暑くなって晴れの日も多くなった。
テレビでは熱中症や熱射病の注意が頻繁に言われている。
今は扇風機だけだけれど、その内クーラーを使わなければ。
クーラーは好きではないけれどパソコンの為には致し方ない。
まあ、涼しいので快適にはなるのだけど。


「予想以上に暑いね」

「エジプトの方が暑いんじゃない?」

「うーん…どっちもどっちかな」


パタパタと団扇で扇ぎながらビルがキッチンから出て来る。
その後ろをグラスが二つ飛んで来て一つは私の手元に着地した。
グラスを持つとカランと氷が動く音がする。
そういえば風鈴があった筈だから付けてみようか。
気分的な事だけれど、あの音だけで涼しくなる気がする。


「暗くなるのが早いよね」

「そうなの?」

「イギリスでは10時…うーん、それより後かな。それ位から暗くなるんだよ」

「日が長いのかぁ。いつかイギリスに行くなら夏にしよう」

「あ、それ良いな。僕が案内出来たら良いんだけど」


そう言ってビルは少しだけ寂しそうに笑う。
その空気を変えるようにイギリスの夏の事を尋ねた。
夏でも半袖は余り着ないし湿度も低いらしい。
汗を余りかかないと聞いてビルが服は何枚も要らないと言った理由が少しだけ解った。


「ねえ、名前、仕事はまだかかる?」

「ん?そんなに急ぎではないけど…何かあるの?」

「今日じゃなくて良いんだけど、図書館に行きたいんだ」


ビルの言葉がとても意外で拍子抜けしてしまう。
真剣な顔をしているから、一応身構えてはいたのだけど。
力が抜けて思わず笑ってしまった私にビルは首を傾げる。
手帳を捲って予定を確認してからビルに向き直った。


「ちょっと今週は締め切りが多いから行けないんだけど、来週でも良い?」

「うん、勿論。一人で行っても良いんだけど」


言葉がね、と眉を下げたビルにこの間の事を思い出す。
確かに、ビルは日本語は全く駄目だから不安だろう。
図書館には英語表記もあった筈だけど、一緒に行ければ不安要素も少ない筈。
来週、と約束すると嬉しそうな笑顔を浮かべてビルは洗濯機の音に立ち上がり廊下へと消える。


まるで子供のように無邪気な笑顔だった。
ビルは私よりも年下だとはいえ、二つしか変わらない。
しっかり者なのに、偶に見える無邪気な一面。
こういうのをギャップと言うのだろう。


「よく乾きそうだね」

「うん。ごめんね、いつもやらせちゃって」

「僕はこれ位しか出来ないから。名前は仕事の続きして?邪魔してごめんね」


ベランダに出るビルの髪の毛がゆらゆらと揺れる。
太陽の光に当たってとても綺麗だ。




図書館はクーラーが効いていてとても涼しい。
けれど私は冷え対策で長袖にジーンズ。
ビルは暑くない?としきりに気にしていたけれど、図書館に入った瞬間に納得したらしい。
とりあえず案内板の前に立って、棚の場所を確認する。


「何の本が読みたいの?」

「いつもみたいに小説と、それから辞書」

「辞書?」

「うん。日本語の勉強しようと思って」


真剣に案内板を見つめるビルを思わず見つめてしまった。
日本語を勉強、だなんてそんな事を思っていたのか。
確かに最近やたらとテレビを見ているなぁとは思っていたけれど。


「辞書、ねえ」

「図書館ならあるかなって思ったんだ」

「…とりあえず、洋書を見に行こうか」


案内板に示されている洋書の棚へと向かう。
静かな図書館ではどうやら英語はとても目立つらしい。
煩くないように小声で話しているのに大体の人は顔を上げて此方を見る。
ビルの容姿も関係しているらしいのは女の人の目線で解った。
ビルを見てから私を頭の上から足の先まで目が動く。
流石にもう慣れてしまったから今更気にはしないけれど。


「好きなだけ選んでおいでよ」

「名前は…あ、そっか、英語読めないんだっけ」

「うん。私あそこに座ってるから」


ごゆっくり、と手を振って壁際に置かれている椅子へと向かった。




(20130622)
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