お酒を飲む、というのは此処に来てから初めてだった。
てっきり名前さんは飲めないかと思っていたけれど飲めるらしい。
ワイングラスが無くてごめんねと言った名前さん。
ワイングラスにする事は出来るけれど今日はしなかった。


名前さんにせがまれる儘にホグワーツの話をする。
懐かしいホグワーツの話は次々と出来て止まらない。
赤と金のあの談話室や七年間過ごした部屋に大広間。
今でもそれぞれはっきりと思い出す事が出来る。


「羨ましいなぁ」


グラスを空にしてから名前さんが呟く。
ハッとしてボトルを見るといつの間にか二本も空いていて三本目が半分無い。
名前さんは目がとろんとしていて更にワインを流し込んでいる。
普段と変わらない普通の受け答えだったから全く気付かなかった。


「名前さん、飲み過ぎじゃない?」

「そう?」

「もう辞めた方が良いよ」

「平気だよ」


へらりと笑った名前さんはまたグラスにワインを注ぐ。
アルコールは適度な量を越してしまうと良くない。
さり気なく名前さんからボトルを遠ざけた。
気付いてはいないようで、空のボトルを見て残念がっている。
こっそり杖を振って半分残っているボトルを冷蔵庫に入れた。
すると手の上に名前さんの手が乗せられる。
相変わらずとろんとしている目。


「ねえ、もし帰れなかったら、どうする?」


ドキリ、と心臓が音を立てたのが解った。
それはずっと考えないようにしてきた事。
けれど心の中にあった事でもある。
此処が元居た世界と違うのは間違い無いと思う。
魔法は使えるけれどイギリスへ姿眩ましをしようとしても出来ない。
試しに名前さんの家の中で試した事がある。
寝室として貸して貰っている部屋からリビングへ。
そこは問題無く出来たからきっと隠れ穴は存在しないのだ。


「私はね、このままビルさんと二人でも良いよ」

「え?」

「帰れなかったら、ずっと此処に居て良いよ」


何でも無いといった風に名前さんが笑いながら言う。
その言葉が嬉しくて乗せられていた手を握る。
そのまま引き寄せると簡単に名前さんは倒れ込んできた。
背中に腕を回してぎゅっと力を込めると名前さんの声がする。


「ビルさん?」

「…名前さん、酔ってるでしょ」

「酔ってないよ。ビルさんこそ」

「うん、酔ってるかも」


本当は酔ってはいないけれど、こうして名前さんに触れるのは酔っているせいにしてしまえ。
子供をあやすように頭を撫でてそのまま背中を撫でると名前さんが擽ったいと笑う。
これは良くない事だと頭では充分に解っているけれど、今はこの温もりに触れていたい。


「名前さん…名前」

「ん?なあに、ビルさん」

「ビルって呼んで」

「ん、ビル?」


心の中で謝りながら此方を見上げる額にキスをする。
ギュッと抱き締めてまた頭を撫でた。
あのまま顔を見ていると、きっと堪えきれなくなってしまう。
恋愛感情がある訳では無いのに、後で後悔するに決まっている。


「名前?」


暫く撫でていた手を止めて声を掛けたけれど返事が無い。
不思議に思って顔を見ると瞼は閉じられている。
その体を抱き上げて寝室へと運ぶ。
起こさないようにしても多少揺れてしまう。
それでもアルコールが入っているからか瞼が開く事は無かった。


ベッドに寝かせてそのまま寝顔を眺める。
このまま此処で暮らしていくのも良いかと思う。
元の世界に帰りたい気持ちも勿論ある。
しかし、此処に居て良いという言葉はとても嬉しかった。


「名前」


囁くように名前を呼んで頬に触れる。
明日には元に戻るから、今日だけは触れる事を許して。




(20130530)
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